2008年4月30日、ROHにて。
The Minotaur Opera in two parts Music: Harrison Birtwistle Libretto: David Harsent(英語) Conductor: Antonio Pappano Director: Stephen Langridge Designs: Alison Chitty Lighting design: Paul Pyant Choreography: Philiippe Giraudeau Video designs: Leo Warner and Mark Grimmer for Fifty Nine Productions The Royal Opera Chorus Chorus Director and Second Conductor: Renato Balsadonna The Orchestra of the Royal Opera House Cast Ariadne: Christine Rice First Innocent: Rebecca Bottone Second Innocent: Pumeza Matshikiza Third Innocent: Wendy Dawn Thompson Fourth Innocent: Christopher Ainslie Fifth Innocent: Tim Mead Theseus: Johan Reuter The Minotaur: John Tomlinson Snake Priestess: Andrew Watts . Hiereus: Philip Langridge Ker: Amanda Echalaz これはROHが作曲家バートウイッスル(左の写真)に委嘱したオペラでこの4月15日に初演されたものです。この人は1934年生まれでキャリアーが長く、Sirの称号も貰っていますが私は今回名前を初めて聞きました。オペラの感想やあらすじについては既にブログに書いていらっしゃる方もいまして見る前に大変参考になりましたが、私なりに感じたことをここに記したいと思います。 【ストーリー】 ギリシャ神話のうちミノタウロスがテセウスに殺される部分をベースに脚本が書かれているようです。話の筋はほぼ神話通りですが一部変えてあります。 ミノタウロスはクレタ島の王ミノスの妻パシパエが牛と交わってできた子供で頭は牛、体は人間という半人半獣である。なぜ交わることになったかというとミノスがポセイドンから借りた白く美しい雄牛を返さなかったので怒ったポセイドンが呪いをかけたためである。ミノタウロスは成人するにつれ凶暴になったので王は迷路を造らせてそこに閉じこめてしまった。一方、アテネは9年ごとに若い男女7人ずつをミノタウロスへの生け贄として供出することになっている。なぜそういうことになったかというと、ミノスの息子がアテネで開催された競技大会で優勝したもののアテネ人の嫉妬を買って殺されてしまった。怒ったミノス王が戦争を仕掛けてアテネを降伏させ、息子の代償としてそういう賦課を課したからである。 テセウスはアテネの王アイゲウスの跡取り息子で、アイゲウスがトロイゼンの王ピテウスを訪れた時たった一夜彼の娘アイトラと寝たことでできた子供であるが、アイトラはその直前にポセイドンとも寝ており、そのためにポセイドンの子供かもしれないという「箔」が付いている。こういう件もオペラの中の台詞に出てくる。 彼は生け贄を送るなんていう悪習は断ち切るべきだと考え、今回の生け贄に紛れ込んでミノタウロスを殺す計画を実行する。 クレタ島ではミノスの娘アリアドネが迷路を管理しており、到着した生け贄をミノタウロスのところに送り込む役目をしている。彼女は普通の生け贄とは違うテセウスに気付き、彼を詰問する。真実を聞いた彼女は彼と一緒にアテネに脱出する夢を描き、鳩を犠牲として捧げて神託を訊く。するとテセウスはミノタウルスを殺すことに成功し、更に彼女をアテネへ連れて行くという予言を得る。そこで、ミノタウロスを殺した後迷路から脱出する方法を教えるから結婚して欲しいと激しくテセウスに迫る。テセウスは最初その気がなかったが彼女の提案を受け入れる。彼女は今回の生け贄はあきらめてミノタウロスに殺させろと指示する。神話では誰も殺されず全員無事にアテネに帰還するのだが。オペラではアクションシーンが必要なのでこういう設定にしたのだろう。迷路から脱出する方法は糸の玉の一端を入り口かに固定して内部に進むにつれて糸をほぐしていくものでこれは誰でも知っている有名な話である。さて、テセウスは迷路の中でミノタウロスに出会い決闘する。アリアドネから渡されていた剣を使ってミノタウロスに致命傷を与える。ミノタウロスは刺されて初めて夢の中でしかしゃべらなかった言葉を吐き自分はきっとポセイドンの息子なんだと確信して死んでいく。オペラはここで終わる。 余談ながら糸をたぐって脱出に成功したテセウスとアリアドネは船に乗ってアテネを目指すが途中でナキソス島に立ち寄り、そこにいたディオニソスがアリアドネに惚れたためテセウスは彼女を置き去りにしてアテネに帰る。このアリアドネを題材にしたオペラがリヒャルト・シュトラウスの作品である。 【オペラの出来】 さて、オペラ自体ですが、第1部終了時にはいまいち判定できない状態でしたが第2部終了時にはかなり感銘を与えられたという印象で、佳作と思います。演出と舞台はよくできていて、迷路の外の地上の造形はシンプルかつ美しいものです。光の使い方も上手い。迷路内部は闘牛場のようなイメージでいつも白い仮面をかぶった観客が沢山いてミノタウロスが生け贄を殺すときにはまるでフェリーニの映画サテリコンの中に出てくる闘技場の観客のようにはしゃいでいて、時には上から生け贄を捕まえて殺されやすくしたりしていますがバックの打楽器が強打される音楽と共に固唾をのむ場面です。なぜ観客がいるのかなんて神話の世界では言いっこなしです。 生け贄を殺した後ミノタウロスは眠るのですがその夢のシーンは半透明鏡を使って実に効果的に彼の夢現の状態を表現しています。第1部、第2部ともいくつかのシーンで区切られていますがシーン転換時にはヴィデオスクリーンが降りてきてポセイドンを想起させる海の大波のうねり(恐らくCGで作成したもの)が投影されます。これも上手い。 アリアドネが神託を伺う場面でもSnake Priestessが舞台下からひょろひょろと空中高くにまで出てくるところもなかなかのアイデアです。彼女は作り物の大きな乳房を胸につけた姿ですが歌手はカウンターテノールです。この演出家、テノール歌手フィリップ・ラングリッジの息子らしいですがかなりの才能を持った人ではないでしょうか。まだまだ見落としがあると思いますがとりあえず気づいた点だけでも立派なものです。円形舞台の一番手前に細長く砂場がもうけられていますが、アリアドネがそこを歩く度に細かい砂煙がもうもうと上がるのがよく見えました。あの環境は歌手には過酷と思いますしオケピットにも降りかかるでしょう。砂の質をよく検討すべきでしょう。 台本では各出演者にかなり詳しく神話の背景をしゃべらせて物語がよく分かるように工夫されています。私はミノタウロスが死ぬ間際につぶやいた台詞に感銘しました。最初の言葉はwomb(子宮)とtomb(墓)の間は無に等しい、それからいくつか韻を踏んだような言葉の比較があり(もう忘れてしまいました)、最後に、獣と人間の違いなんて無きがごとしと言って死にます。 【音楽】 管弦楽構成は非常に大きく、ピットに収まりきらないので舞台に近い左右のStalls Ciecle席をかなりつぶして打楽器類を置いていました。音楽はその打楽器達が実に効果的(歌舞伎や能の打楽器効果に似ている)に使われて適確にシーンを描写しています。この音楽、非常にというわけではないですが私はかなり気に入りました。舞台との連携においてもパッパーノの指揮はなかなか納得できるもので好演であったと思います。 歌手には特にアリアはないものの主役のメゾソプラノ、テノール、バスのバランスはよく取れていてこれも悪くない音楽です。各歌手ともよい歌唱でしたが、特にテセウス役のヨハン・ロイターは印象がよかった。アリアドネを歌ったクリスティン・ライスも好演ですがやはりこの人の声質はあまり好きになれません。ジョン・トムリンソンは低音はいつも通りすばらしいものでしたが中高音はやや籠もり気味。これはしかしメッシュで作ってあるとはいえ牛のマスクを頭からすっぽりかぶった状態で歌うことを考えると当然かもしれません。 下の写真はミノタウロスの格好をしたJohn Tomlinsonです。 次の写真は主役3人で左からJohan Reuter、John Tomlinson、Christine Riceです。
by dognorah
| 2008-05-02 09:55
| オペラ
|
Comments(5)
こんにちは。連休初日、いい天気ですね。
ブログへのリンク、ありがとうございます。dognorahさんのエントリを呼んで、今更気付いたことがひとつ。自分のブログでは、何一つオーケストラや音質について触れていませんでした。仰られているように、打楽器の使い方は、とても面白いものでした。 レヴューの一つで読んだと記憶していますが、バートウィッスルは、「パッパーノは、私の音楽をヴェルディのように響かせた指揮者だ」、と賞賛したそうです。 「テンペスト」と同様に、このオペラも他のオペラ・ハウスで上演される可能性が高いと思いました。今晩、もう一度観てきます。
0
Commented
by
Sardanapalus
at 2008-05-03 23:53
x
数多く出た批評を読む限りでも、かなりの良作のようですね。フィリップ・ラングリッジの息子が演出家とは知りませんでしたが、dognorahさんの記事を読むだけでもとても面白そうです。せっかくOpusarteと提携したのだから、さっさと映像収録してDVDにしてくれないでしょうか?
ところで、どうでもいいことですがミノタウロスの仮面は意外とつぶらな瞳がかわいらしいですね(笑)
最終公演、トムリンソンがややお疲れ気味のようでしたが、今夜も言い出来だったと思います。また、今夜もカメラが入っていたので、DVDの発売は確実でしょうね。
今夜は、最後にバートウィッスルやハーセントが舞台に出てきたので、スタンディング・オベイションでした。
Commented
by
dognorah at 2008-05-06 02:59
守屋さん、バートウイッスルが褒めただけあってパッパーノの出来は満足すべきレヴェルだったわけですね。最終日に舞台でスタンディング・オベイションとは彼もしてやったりで、この高齢でこれだけの成功を収めるなんてこれからもっと有名になるでしょう。やっぱりオペラは音楽がとても重要な要素ですよね。
Commented
by
dognorah at 2008-05-06 03:02
Sardanapalusさん、少なくとも3回はカメラ撮りしていますので来年あたりにDVDが出るのではないでしょうか。
そう、ミノタウルスの仮面だけ見るととても可愛いのですが、ついメッシュの内側の怖いオジさんを見てしまいます(^^;
|
最新の記事
以前の記事
2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 カテゴリ
プロフィール
ロンドンに在住です。オペラ、バレー、コンサート、美術展などで体験した感動の記憶を記事にし、同好の方と意見を交わしたいと思っています。最新の記事はもちろん、過去の記事でもコメントは大歓迎です。メールはここにお願いします。
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||