今現在、テート美術館(Tate Britain)で開催されている絵画展に、「Degas、Sickert & Toulouse-Lautrec / London & Paris 1870-1910」というのがあります。
内容は、ドガの影響を受けた画家たちがロンドンの美術界に与えた影響と、それが逆にパリのほうにも及んで、それが延いては20世紀絵画のひとつの方向が生まれるきっかけになったということでしょうか。この3人の作品はもちろん、同時代の影響を受けた英仏の画家たちの作品も多く展示されています。 Edgar Degas (1843-1917)は法律家になるよう教育を受けたのですが、21歳のときにそれをなげうって画家になる決心をしパリやイタリアで勉強しますが、1860年代にはマネの主宰するサークルのメンバーになり、印象派の画家たちと親交を深めます。1870年代になると定期的にパリとロンドンで個展を開き、バレーダンサー、競馬場、劇場やカフェなど独特のテーマと視点で個性的な絵で名をなします。その関係で頻繁にイギリスを訪問し、現地の画家に多大な影響を与えることになります。その中にはシッカート(Sickert)も含まれ、彼らは生涯の友人ともなります。 Walter Richard Sickert (1860-1942)は、イギリス人の母親とデンマーク人の父親を持ちミュンヘンで生まれました。8歳ごろにイギリスに移り、学校に行って絵画を学びますが、後にホイッスラー(James Whistler (1834-1903))の弟子になります。23歳のときにイギリスを訪問したドガと会い、大きな影響を受けて親交を結びます。1898年にはフランスに移り、7年間を過ごします。その間、パリで個展を開くとともにドガのアトリエに入り浸っていたようです。1905年にイギリスに戻り、ロンドン北部のキャムデンタウン(Camden Town)で自分のグループを結成します。そこで、当時まったく評価されなかったフランス印象派、後期印象派の絵画を積極的に紹介し、イギリスの画家たちに影響を与えました。シッカートが19世紀末にロンドンで起こった「切り裂きジャック事件」(Jack the ripper)の犯人であるとする説も広く流布されていますが真偽のほどは不明のままです。 Henri de Toulouse-Lautrec (1864-1901)は子供の頃に蒙ったひどい骨折のために体の成長が止まった上歩行も困難な状況に陥ったことは有名です。それが原因でブルジョワ的振る舞いや慣習を憎み世を拗ねたような性格になります。絵を描くことには興味があって、10代のころから勉強し、20歳ごろにはモンマルトルに住んで、キャバレーやダンスホールで多くの時間を過ごすうちにそこで見る対象をテーマにするようになります。たまたまそういう場に姿を現したドガはさる音楽家の紹介で彼を知り、その絵に感銘を受けて励まします。その縁で、彼はドガの絵からも多くを学び、手法を自分の絵に取り入れます。1890年代には彼はパリの美術界ではつとに有名になり、ロンドンも訪問してそこで大掛かりな個展を開いたりします。そしてロンドンでも有名になります。しかし同時にここのころから彼は酒に溺れるようになり、その後精神に異常を来して若死にします。 さて、1870年代には上記のドガのほかにティソ(James Tissot (1836-1902))など他のフランス画家たちもロンドンを訪問し、多くの影響を残して行きました。特にティソは1871年からロンドンに住み着いてしまいます。左の絵は、ティソの1876年作で、ポーツマスに停泊中の船のデッキの様子を描いたものです。その下の絵は1874年に描かれたドガの踊り子です。 右の絵は、彼らの影響を受けたイギリスの画家George Clausen (1852-1944)の「A Spring Morning」という絵で、Camden Townの風景を描いたものですが、確かに絵から受ける印象はフランス絵画的で、あまり有名でない画家ながら印象に残る作品です。1880年代には、ドガの影響をもろに受けた劇場内部のスナップショット的絵画や日常生活における室内の人物に焦点をあてた絵画が盛んになります。 ![]() 1890年代になるとロンドンでトゥールーズ・ロートレックの一大個展が開催されて大評判になります。多くの絵やポスターが売れると同時に彼に興味を持ったCharles Conder、William Warrenerなどのイギリスの画家が何人もモンマルトルに赴き、実際にムーランルージュなどを見学してその雰囲気を作品に仕立ててロンドンに伝えます。左の写真はそのときに売れたロートレックの作品、右は上からWarrener、Melville、Sickertがそれぞれ影響を受けて描いた絵です。一方、ドガの作品も世紀末のデカダンスを感じていたロンドン市民を刺激します。下は、L’Absinthe(アブサン)という題名の絵の写真ですが、アブサンという強い酒を飲みすぎて酔っ払いが町に溢れかえった状況が1870年代のパリで流行したのをテーマにしたものです。カフェに座っているのはアブサン漬けになった街娼と救いようのない酔っ払いらしい。社会の断面を鋭く捉えた傑作といわれる一方、どうしょうもない悪趣味という批判も渦巻いて大騒ぎになったようです。 ![]() この展覧会の後半は、シッカートの活動を中心にヌードや室内の心理描写などへ進んで行くのですが、途中で美術館の閉館時間になったこともあり、それは次回に書きます。
by dognorah
| 2005-10-14 05:06
| 美術
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Comments(6)
こんにちは。はじめまして。いつも楽しく拝見させていただいてます!「アブサン」ですが、ふと、18世紀の版画家ホガースの「ジン横丁」を思い出しました。ホガースの画風の確立に大陸の画家の影響があるのではと、ずーっと気にかかってましたが、時代をくだって都市を描くにあたってのテーマとして、アルコールに溺れる人が取り上げられていることに大変興味を覚えました。後半も期待しております。
イギリス内を旅行したのは、ずいぶん前になってしまいました。キャッスル・クームやプール(ドーセット)が印象にのこってます。ロンドンでは来月(だったかな?)、ハイティンクさんのベートーベン・チクルスありますよね。聴きに行きたーい♪
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大阪人さん、こんにちは。これからもよろしくお願いします。
「ジン横丁」もすごい絵ですよね。ほかにあまり楽しみのない人たちにお酒を与えるととことんのめりこんでしまうということでしょうか。アブサンもかなり社会的悪影響があったみたいです。 イギリスはかなり詳細に旅行されたのですね。住んでいると却ってあまり行かない気がします。キャッスル・クームも行ったことがないですが、コッツウォルドと似たようなところかなと思っています。 ハイティンクのベートーベンチクルスはかなり長い時間をかけて全部演奏するみたいです。私は来年4月に、最後の第9だけ行きますが。
いつもdognorahさんがピックアップされる作品は、私にとってアイキャッチングなものが多いです。George Clausenの別の作品にも興味がわいてきます。
Clausenはイメージ検索してみましたが都市を描いたものはあまり引っかからず、田園風景のものが多いですね。私も名前を覚えてしまったので、これから他の美術館での発見を楽しみに出来ます。
ブルジョワを上流階級のことだと勘違いしている バカ日本人がここにもひとり。
bourgeois は庶民という意味ですよ。(冷笑
bourgeoisという言葉はイギリスでも中産階級、すなわち資本主義社会の支配層を現します。その意味で一般に日本でこの言葉に対して持っている概念とあまり違いません。決して庶民という意味はありませんのでお間違いなきよう。
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