7月14日のロイヤルオペラ公演Mitridate, Re di Pontoに行ってきました。モーツアルトが14歳のときに作曲したオペラセリアです。オペラセリアというのは物語の内容が深刻なものを指すようですが(喜劇的なものはオペラブッファ)、紀元前1-2世紀にアナトリア地方でローマに対抗して勢力を張っていたポント(黒海の南側の地域で、現在はトルコ領)の王ミトリダーテ6世に関わる物語です。ミラノのスカラ座の前進である劇場Regio Ducal Teatroの依頼を受けて作曲したのですが、14歳にしてそういう劇場から作曲を依頼されるというのはやはりたいしたものですね。
この作品はあまり上演される作品ではなくコヴェントガーデンでも1991年に初めて上演しました。2年後に再演され、今年が3度目です。この日でたったの16回目の公演でした。隣に座った人は14年前の初演時に購入したプログラムを持ってきていました。見せてもらうと中味はほぼ変わっていない!出演者の紹介欄が違う程度です。これも舞台装置や衣装と同様次のプレミエまで持たせるつもりのようです。 あまりなじみのない作品ですのであらすじを書いておきます。 ローマ軍との会戦に敗れた王は婚約者アスパシアと二人の息子ファルナスおよびシファレをクリミア半島のニンフェウムという港町に残していったんポントに引き返す。そういう状況で二人の息子は共にアスパシアに恋をしてしまい、お互いに張り合う。戦略的にもファルナスはローマとの融和策を、シファレは徹底抗戦を主張している。そこへ突然王がファルナスに娶らせるためのギリシャ王の娘イスメネを連れて帰還する。ファルナスは昔は好きだったイスメネにはもう興味がない。アスパシアに恋をしていることをニンフェウムの責任者アルバーテの報告で王に知られ、しかもローマと通じていることもばれて裏切り者として逮捕される。一方、アスパシアとシファレが相思相愛であることも暴かれ、王はアスパシアも息子二人も殺害してしまおうとする。そこへローマ軍が攻撃を仕掛けてきたのでとりあえず戦いに専心する。ローマ軍は牢のファルナスを解放して内部から反乱させる作戦だったが、自由になったファルナスが思い直してローマ軍を攻撃し、港は持ち直す。しかし、王は重傷を負い、死ぬ間際にアスパシアとシファレの結婚を許可し、さらにファルナスも許す。ファルナスはイスメネとよりを戻す気になり、めでたく二組のカップルが誕生する。 キャストは、 指揮:Richard Hickox 演出:Graham Vick デザイン:Paul Brown 照明:Nick Chelton 振り付け:Ron Howell Aspasia:Aleksandra Kurzak Sifare:Sally Matthews Farnace:David Daniels Ismene:Susan Gritton Mitridate:Bruce Ford Arbate:Katie Van Kooten 音楽は既に完全にモーツアルト以外の何物でもない旋律です。第1ヴァイオリンが6人というこじんまりした編成でしたが当然このオペラにはふさわしいものです。流麗な演奏で飽きません。 歌手のうち、ちゃんとした男声はミトリダーテとローマ軍司令官だけで、ファルナスはカウンターテノール、後はすべて女声です。ちょっと宝塚歌劇的ですが、モーツアルトの指定がそうなっているのでしょう。 歌手はみんなとてもすばらしい歌いっぷりでした。特にアスパシアを歌ったAleksandra Kurzakは、結構美人だし目立っていました。初演以来この役を務めているBruce Fordも抑制が効いてまあよかった部類でしょう。カウンターテノールというのは実演では初めて聴きましたが、出来については今一わかりません。私にはあまりこの声の存在意義が感じられなかった。アリアの後やカーテンコールでは結構盛大な拍手を受けていましたが。 この舞台で特筆すべきはその衣装でしょう。華やかながらも統一した色使いが視覚的に喜びを与えてくれます。ただ、デザイン的には小アジアというのを意識したのでしょうが、かなりアジア趣味が入っています。軍人のよろいなどぴかぴかの美しいものですが明らかに日本の戦国時代の鎧の影響が見て取れます。イスメネの衣装は中国かどこか東南アジア的です。イスメネ以外はみんな横が張り出したようなスカートを身に着けていますがユニークです。一例としてアスパシア役のAleksandra Kurzakの写真を左に示します。 下の写真はカーテンコールに応える出演者たちです。 後、主役以外の動作が太極拳や体操を思わせる独特のダンスで振付けられていて、失笑している人もいたけれど私はとてもよかったと思います。オペラ全体を通してそれが統一されていて一種の様式美的雰囲気を出していましたし。 舞台装置はきわめて簡単で、赤く塗った(床もですが)壁が折れ曲がったり伸びたりするだけのもので、経済的には衣装の方が高かったでしょう。衣装に観客の目を向けさせる意図からするとそれでいいのだろうと思います。 モーツアルトの初期作品ということでそれほど期待していなかったのですが、意外に楽しく、見る価値は十分ありました。
by dognorah
| 2005-07-16 09:24
| オペラ
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Comments(4)
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助六
at 2005-07-17 10:02
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シファーレ、ファルナーチェ、アルバーテの3男役は、初演時はカストラートが歌ったそうで、ファルナーチェは今はカウンター・テノールに割り振られることが多いようです。私が5年前パリで観た上演も、B・メータが歌っていました。現在のカウンター・テノールの技術的・声量的レヴェルはデラー時代に較べると格段に上がっているとは思いますが(ショルなど中々のものです)、私はやはり苦手で、特にオペラ・セリアでは絶対に女声の使用が様式上も適していると考えています。あと私見では、ダニエルズは、一度聴いただけですが、感心致しません。因みにモーツァルト晩年の「ティト」では、現在メッツォが歌うセストはカストラートですが、アニオは初演時から男装メッツォが歌ったそうです。18世紀末には既にカストラートの数が少なくなっていたからとのことです。
ヴィックらしいマンガ的に楽しい舞台だったようですね。
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dognorah at 2005-07-18 07:45
助六さんはかなりカウンターテノールを聴いていらっしゃるようですが、やはり苦手ですか。女声とは異なる声質なのでヴァリエーションを増やすということでは意味があるのでしょうが、聴いていて気持ちがいいというものではありませんよね。私もメッツォの方が好みです。
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harunakamura
at 2005-08-13 15:16
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コメント&TB有難う御座いました。
今度のモーツアルトは、どこかグラインドボーンの舞台を観ているような感じがしました。あそこは色々斬新な試みがあって面白いのです。 モーツアルトがこのオペラを作曲した地ミラノでその後ヴェルディが活躍したのも因縁、少し前に訪れていたので、その頃のミラノの文化的な活力の凄さを考えていました。 とにかく、14歳のモーツアルトがあのオペラを作曲とは、奇跡としか思えませんでした。
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dognorah at 2005-08-14 01:57
harunakamuraさんは結構頻繁にロンドンに来られるようですからこれからも同じ演目を見ることが多いと思います。そのときはまた感想の交換などでお付き合い願えれば幸いです。来シーズンも私はほぼすべての演目を見る予定です。
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