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ロイヤルフィルハーモニック管弦楽団演奏会(10月29日)

ロイヤル・アルバート・ホールで開催です。満席でした。

プログラムと出演者
ベルリオーズ:ラコッツィ行進曲
サンサーンス:交響曲第3番ハ短調 作品78
オルフ:カルミナ・ブラーナ

ソプラノ:ゲイル・ピアソン(Gail Pearson)
テノール:イーアン・ペイトン(Iain Paton)
バリトン:グラント・ドイル(Grant Doyle)
オルガン:ジョン・バーチ(John Birch)
指揮:アンドリュー・グリーンウッド(Andrew Greenwood)
Royal Philharmonic Orchestra
Royal Choral Society
London Philharmonic Choir
Hertfordshire Chorus
The Southend Boy’s Choir

サンサーンスのこの曲はオルガン付きとして有名です。ロイヤル・アルバート・ホールのオルガンについては以前にもちょっと触れたことがありますが2004年の春に新調されたもので、最新の機械らしいすばらしい音です。低音はスペック的には知りませんが数ヘルツあたりまで出ているのではないかと思わせる抜けのよさで、ピアニッシモ的な小さい音でも全身で音圧を感じることが出来る感じで、その気持ちのよさはロンドンの他のホールでは経験出来ません。第2楽章で、その弱い低音の上で奏でられる美しい弦が提示する天国的な平安さは秀逸でした。第3楽章は何かタイミングが狂ったのかちょっとギクシャクした演奏で惜しい。第4楽章はオルガンの強奏がオーケストラを圧倒するのですが、危惧した通りオケの音がかき消されてしまいます。録音ではバランスを調整できるのですが、実演ではそうも行かないのかいつものことです。圧倒的パワーで気持ちよく曲は終わりますが、演奏としてはまあ水準でしょう。

カルミナ・ブラーナは実演で聴くのは初めてなので楽しみにしていました。歌っている言葉がラテン語で、字幕も無いので物語の内容はよくわかりませんが、対訳を読むと、結論としては人間の変わりやすい運命、過酷な運命を嘆き悲しむ内容のようです。賑やかな音楽の割りにかなり深刻なものですね。
4団体を合成した合唱ですが、よくまとまっていたと思います。ソプラノとバリトン(ロイヤルオペラでお馴染の人)も立派な歌唱でなかなかの実力者であることがわかります。テノールは全編でほんの短い歌(殺されて食べられる白鳥の嘆き)を一回歌うだけと言う気の毒な役割ですが、そこで不安定な音程を披露してしまってますます気の毒でした。指揮はとてもまっとうなものでよかった。全体をよくまとめていました。にもかかわらず今夜はかなり心を乱されてあまり乗れなかったのです。聴衆がちょっといつもと違う人たちという気がします。演奏中でもフラッシュをたいて写真を撮る人が何人もいたこと、曲の切れ目で必ず拍手をする人がいて、それに釣られて結構大勢が拍手してしまう。すぐに次のパートに進めなくて困惑している指揮者を見てこちらの心も醒めてしまいます。どこかの団体が切符を大量に配ったのかしら。
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by dognorah | 2005-10-31 02:02 | コンサート

ボロネーゼソース

半年ぐらい前にあるブログ(もう継続していないようですが)に書いてあった次のレシピで今まで何度かこれを作りました。

レシピ
1. オリーブオイルをひき、弱火でニンニクと鷹の爪を炒め、オイルに香りを付ける。
2. 玉葱、人参、セロリをみじん切りにしてじっくりと炒め、香りと甘みを出す。
3. フライパンで挽肉を炒め、赤ワインを入れて汁気がなくなるまで炒める。
4. 2、3を合わせて炒め、ホールトマトをつぶして入れる。
5. ローリエ、オレガノ、ナツメグ、ブイヨンを入れ、3時間程煮込む。

分量など何も書いていない男っぽいレシピに惹かれたのですが、適当に作ってもおいしく、毎回野菜と香辛料の量は異なってもそれなりの味になるので変化もつけられます。ただし、スーパーに材料を買いに行ってから食べるまで5時間かかりますので、その時間が取れるときにしか作れません。

今回使った材料は次の通りです。
材料
 ビーフひき肉:1kg
 たまねぎ:大3個
 セロリ:4本
 にんじん:2本
 にんにく:2かけ
 鷹の爪:5センチ長一個
 トマト缶:400g x2
 ローリエ:5枚程度
 ブイヨン:2個
 ナツメグ、オレガノはそれぞれスプーン1杯くらい。
 赤ワインは最初200ccぐらい使ったが3時間煮込む段階でも300ccぐらい継ぎ足した。
 塩コショウは野菜を炒めるときと、肉を炒めるときに適宜。

c0057725_0135212.jpg私にとって野菜のみじん切りが一番しんどい作業ですが、料理に慣れた人ならさっさと出来るでしょう。私の出来具合はいつもパートナーの冷たい視線にさらされますが(^^;
なお、たまねぎのみじん切りには私は昔東急ハンズで買った写真のような道具を使います。長さ15cmくらいの針がたくさん木の取っ手に埋め込まれたものです。なかなか便利です。使い方は・・・想像してみてください。
人参はこれだけ煮込んでも形が崩れることがないので細かめにみじん切りにします。

パスタは私はスパゲティよりも螺旋状のフジッリ(Fusilli)などのショートパスタが好みです。食べやすいし。一人前80グラム程度がちょうどいいです。
今回もおいしくて大満足!料理の残りのワインだけでは足りなくなりました。
今日食べた残りは後日のために小分けにして冷凍庫に保存します。
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by dognorah | 2005-10-30 00:15 | グルメ

弦楽四重奏演奏会 –10月27日

今年は異常に暖かいロンドン、今日も快晴で18℃もあります。ちょうどハーフタームでどこにいっても子供たちが大勢。科学博物館は長蛇の列だし、テート美術館では子供用に用意された画用紙とクレヨンを使ってあちこち床に座って絵を模写している姿が目に付きます。今日のハイドパークチャペルのランチタイムコンサートにも親子連れがたくさん。演奏中にしゃべったりノイズを出したりする子供もいて、親もなかなかのんびりと音楽を聴くわけには行かないようです。しかし、演奏者側から見れば、そういう環境でも集中力を持続して演奏し続ける練習にはなるでしょうね。ロンドンも以前に比べるとやたらノイズを出す聴衆が増えているので、まじめな聴衆側も気にしないようにする訓練が必要なようです。

今日のリサイタルは、The Lale QuartetというGuildhall School of Music and Drama出身者で2004年に結成された弦楽四重奏団の演奏です。
団体名はイギリス人リーダーのチェロ奏者David Laleの名前を取ったもの。後の3人はすべて東欧の女性たちです。

曲目は
モーツアルト:弦楽四重奏第6番 変ロ長調 K159
シューベルト:短楽章の短い曲(正式名聞き取れず)
ショスタコーヴィッチ:弦楽四重奏第8番 ハ短調 作品110

プログラムに、モーツアルトの第15番と書いてあり、そのときはあまり気に留めなかったのですが、帰宅してから気になって各楽章の演奏形式を指定する言葉(専門語でなんというのか知りませんが)アレグロなどと調性を調べると6番が正しいものでした。なぜそんな間違いをしたのか謎です。数え方に二通りあるなんてことはないですよね。

いつものリサイタル通り曲に集中させてくれる立派な演奏でした。
モーツアルトもシューベルトも美しい響きながらもそれぞれの特徴がよく出た聴き応えのある曲です。

次のショスタコーヴィッチの曲、一転して何か深刻なメッセージがあるような深みのある曲で、その深さはベートーベンの14番や15番に匹敵するものを感じました。チェロがしっかりと緊張を持続させるリーダーシップを取って見事な演奏。すばらしい曲の存在を教えてくれました。
時間の関係で、この後に予定されていたドボルザークの第6番がカットされたのは残念。
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by dognorah | 2005-10-29 02:43 | コンサート

ターナー賞の行方は?

ターナー賞というのは、1984年以来、優れた作品を発表したイギリス人アーティストの一人に毎年贈られるもので、名前はもちろんあの有名なJoseph Mallord William Turnerから取っています。現代美術に与えられる賞なのになぜ古いターナーが登場するのかといえば、彼はかねがね若いアーティストへの賞を設けたいと思っていたことと、ターナーの絵は当時は物議をかもす伝統破りのものであったからだと説明されています。それにふさわしく、毎年受賞作品は「あれが美術と言えるのか?」など物議をかもしています。

審査の対象は50歳以下のイギリス人によって、毎年その年の5月までの1年間に発表された作品ということになっています。ということは5月以降多くの候補が審査されてきたのですが、現在は4人まで候補者が絞り込まれています。その4人の代表作が今テート美術館に展示されているので見てきました。
4人の名前は、ダレン・アーモンド(Daren Almond)、ジリアン・カーネギー(Gillian Carnegie)、ジム・ランビー(Jim Lambie)、サイモン・スターリング(Simon Starling)です。今年の作品は、比較的まともというかあまり突拍子もないものはないような気がします。

c0057725_6101587.jpgまず、ダレン・アーモンドですが、左の最初の写真のように展示してあったのはビデオを使ったインスタレーションです。噴水、老婦人の顔の表情、行き交う人の足元を撮影したもの、壁に投射されたムーラン・ルージュのような風車の映像などが暗い部屋にディスプレーされています。まったく理解の外でした。

次の、ジリアン・カーネギーの作品は今回のショートリストの中では一番伝統的な美術に近く、カンバスに描かれた絵画です。色使いが特殊とはいえ、とてもよく理解できるし、私の好感度は大でした。例に挙げた左の2番目の絵は、原画はほとんど真っ暗です。そのままではこの記事を読まれる方にわかりづらいのでちょっと明るくして、何が描かれているかわかるようにしました。黒一色で木立を描いたものですが、近くで見ると筆のタッチでかろうじて立ち木や草むらが表現されているのがわかります。なのに木の質感が風景を圧倒しているのです。これは感心しました。もちろんもっと明るい絵もありますので、この暗い手法が彼女の特徴というわけではなく、単色に近い色使いで様々なものを表現するやり方のようです。

ジム・ランビーは、床一面に同じパターンの模様を貼り付けた上で、鳥の像などをカラフルに塗って展示するインスタレーションです。展示してあったものは左の3番目の写真のように白と黒のストライプを様々な角度で床に貼り付けたものですが、ビデオで見ると虹色の縞模様を全面に貼り付けたりもしています。これも私には理解不能。

最後のサイモン・スターリングは砂漠を走破したときの燃料電池式動力装置を備えた自転車と汚らしい掘っ立て小屋を展示していましたが(左の写真の4番目)、美術と何のつながりがあるのかさっぱりわからない人でした。

ということで、毎年話題になるターナー賞、誰が選ばれても今年はあまりインパクトがないように感じます。最終決定は12月5日です。なお、今年の賞金は、選ばれた人に500万円、ノミネートされたほかの3人にそれぞれ100万円が贈られます。スポンサーはイギリスの代表的なジン製造会社Gordon Ginです。


【12月5日追記】
受賞者はサイモン・スターリングに決定しました。私にとっては4人中最も理解しにくい作品です。
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by dognorah | 2005-10-28 06:13 | 美術

ヴァイオリンリサイタル -10月25日

フィルハーモニア管弦楽団は1968年以来、若くて有望な音楽家のためにMartin Musical Scholarship Fundという基金を設け、随時奨学金を提供しています。過去にこれを受けて大成した人に、Nigel Kennedyなどがいるようです。
本日は、その奨学金を受けているヴァイオリニストのリサイタル。

ヴァイオリン:Thomas Gould
ピアノ:John Reid

c0057725_5451065.jpgトーマス・グールドは、今年Royal Academy of Musicを首席で卒業し、ソロ活動、室内楽、若いオーケストラのコンサートマスターなどを勤めている。すでに欧米各地でリサイタルを開くなど演奏活動は非常に活発である。今回の奨学金以外にもいくつかの奨学金を授与されたので、Postgraduateとして引き続き同大学で腕を磨けるとのこと。

ジョン・リードは、ケンブリッジで音楽学を学んだ後Royal Academy of Musicでピアノ演奏のコースを取り、すでにUK各地でリサイタルも開いている。年齢はトーマスより少し上か。

プログラム
ラヴェル:Sonata posthume (1897)
ストラヴィンスキー:Duo Concertant (1932)
ドビュッシー:Sonate (1917)

このプログラム、実はこのリサイタルの後に公演されるフィルハーモニア管弦楽団の定期演奏会で演奏される作曲家をそのまま持ってきたものです。今夜のテーマは、19世紀の音楽界の主流であった独墺系の音楽に終焉をもたらした偉大な20世紀の3人の作曲家に焦点をあてるというものであったのです。

舞台に登場したグールド君は、一瞬「あれ?今日は女性ヴァイオリニスト?」と惑わせるくらい女性的印象を与える人。190センチぐらいの長身ながら、まだ21-2歳で、紅顔の美少女(?)的風貌がとてもかわいい(写真ではちょっとすましていますが)。ピアニストも比較的なよなよした人です。

演奏は、ものすごい柔らかいタッチで一音一音慈しむように美しい音色を出し、滑らかなフレージングで聴衆を魅了します。先日の本物の美女による男性的演奏と好対照です。ピアノのタッチもそれに合わせた優雅なもの。激しさを要求されるような部分でもアタックは決して強すぎない。それでいてきちんと曲の要求するニュアンスを提示し、内に秘めたエネルギーを強く感じさせる高貴とも言える演奏でした。さすがに多くの団体から奨学金が授与されるだけのことはあります。しばらく演奏スタイルに見入っていましたが、そのうちに曲に没頭して聴き入っている自分を発見。ラヴェルもストラヴィンスキーもなかなか素敵な曲でした。しかし、今夜はドビュッシーに圧倒されました。死の前年に書かれたこの曲、ヴァイオリンだけでなくピアノパートも心を掴む表現で人を鼓舞するようなところがあるのです。心の奥に訴えかけるものが強く印象に残るせいか演奏が終わってからも言いようのない満足感が持続します。

ピアニストといいヴァイオリニストといい、若い有望な演奏家はほんとに数え切れないぐらいいますね。
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by dognorah | 2005-10-27 05:50 | コンサート

クラリネット3重奏演奏会 -10月25日

今日のロイヤルオペラハウスのランチタイムコンサートは、Aquilon TrioというRoyal College of Music(RCM)の人たちで結成されたトリオの演奏です。当日は朝から雨模様で、ちょっと外出を躊躇したのですが、改めて出演者をチェックするとメンバーの一人に日本人の名前が。これは応援しに行かねばと出かけたのですが、行って大正解でした。すばらしい演奏で、感動しました。

Aquilon Trio
 クラリネット:Massimo Di Trolio
 ヴァイオリン:Eulalie Charland
 ピアノ:Maiko Mori

3人ともRCMの学部は卒業して修士コースでさらに腕を磨いています。トリオは2002年に結成。

今日のプログラム
ハチャトリアン:Trio for clarinet, violin and piano
メノッティ:Trio for clarinet, violin and piano
バルトーク:Contrasts for violin, clarinet and piano

すべての曲において、各プレーヤーの出す音とアンサンブルはすばらしい。特にヴァイオリンのEulalie Charlandは相当な技量の持ち主で、体も腕も細いのに驚くほどの力強い音で全体を引っ張っている。クラリネットのフォルテにもまったく引けをとらない芯のある確信に満ちた音である。バルトークの最終楽章など彼女に引っ張られてクラリネットもピアノも力強く合わせ、3者のせめぎ合いではらはらどきどきといった状況が作られるが、その緊張感がたまらない。それに、知的な美しさを備えた彼女の演奏中の横顔を見ていると心にぐっと来るものがある。経歴にはどこの生まれとも何も書いていないが、しゃべる英語の感じからするとフランス人だろうか。だとすれば、名前の発音は、ユーラリー・シャルラン?
来月は別のピアニストと共にピカデリーの教会でフランクのソナタを演奏するようなので、ぜひ行って実力を見極めたいと思っています。

このバルトークの曲はアメリカの誰かに委嘱されて作曲され、初演はかの名ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・シゲティを含む人たちでなされたとか。調律の異なるヴァイオリンとクラリネットを2種類ずつ用意して演奏するという厄介な指定で、しかも各楽器ともすごいテクニックが要求される感じがするが彼らは難なく弾きこなす。聴き応えのある曲である。
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by dognorah | 2005-10-26 00:14 | コンサート

あるイタリア料理店にて

ウインブルドンは駅から北の方に向かって上り坂になっており、そこをバスで2-3駅行くとウインブルドンヴィレッジという昔から商店やレストランなどが固まっているところがある。レストランはあらかた試したのだが、最近また新しくイタリア料理店が開店したというので行ってみた。7時前なので客はちらほら。楽勝だと思っていたら、マネージャー氏、予約表を見ながら思案顔。そうか今日は土曜日だったか。「テーブルに案内するけど8時45分までに終わってください」とのこと。

奥に細長い店内は可能な限りテーブルを並べてあるので結構窮屈である。クリーム色を基調にした壁と明るいこげ茶色のテーブルとそれにマッチした椅子、グラスや食器類はなかなか高級感のあるデザインのものを使っていて、雰囲気はよろしい。壁にかかっている絵もモダンな油絵で、色使いも新鮮なもの。ウエーター、ウエートレスもみんなフレンドリーだ。アペリティフと共にサーブされるオリーブもパンもなかなかおいしい。

本日のスープをスターターにしてパートナーは海鮮タリアテレ、私はホタテのパルマハム巻きをメインにオーダー。スープは一見コーンスープ風だがコーンと見えたのはそうではなく、何か豆を煮て固めたような食感で、よく素材はわからないがとろっとしたスープとよく合っておいしい。ここまでは、なかなかいけるじゃん、という感想。

次に出てきたメインは、モヤシを軽く炒めたもののベッドにホタテのパルマハム巻きを載せたもの。見たところおいしそうである。しかし味付けはというと、主にパルマハムの塩気のみで、後は新鮮なホタテの天然の味に頼ったもの。ベッドのモヤシに至ってはほとんど味がない。パルマハムのお陰でかろうじて赤ワインと合わせられるものの、あまりイタリア料理らしくないなぁ。これでは私が田崎真也さんのレシピで作るホタテのベーコン巻きの方が料理らしい料理だぜ。その料理では、ソースとしてベーコン巻きホタテを焼いて香りがついたフライパンでブイヨンを赤ワインで煮詰めてバターを入れたものを作り、さらにバルサミコ酢でアクセントをつけてベーコンを巻いたホタテの上からかける。ただし、ベーコンが物によってはちょっと強すぎる感が無きにしも非ずなので、このレストランのようにパルマハムを代わりに使うことでそのあたりをマイルドにできるかもしれない。

パートナーが頼んだタリアテレはちょっと見物で、料理全体が紙に包まれた状態で出てくる。ウエーターが皿を置いた後マネージャーが徐に登場し、ナイフとフォークで紙に切れ目を入れ、紙を上に引っ張ると貝類や手長えびなどと絡められたタリアテレが皿の上にどばっとサーブされるというパフォーマンスで、周りのテーブルの客たちも固唾を呑んで見守る。その瞬間、皿からは湯気がもわーっと立ち上っていかにもおいしそうだ。しかし彼女のコメントではトマトソースの味がちょっと甘口で、好みではないとのこと。

ということでメインは共に料理の見栄えはいいのだが肝心の味そのものがいまいちという結果であった。

最後にデザートとしてペアのワイン煮を頼んだ。これも出てきたときには、ウーンというかっこいい仕上げで、皮を剥いて扇状に切れ目を入れたペアが大きくかっこいい皿の真ん中に鎮座し、赤ワイン色のソースを全体にかけられ、皿の淵の部分にはもちろん粉砂糖などが散りばめられて見栄えはとても豪華である。ところがこのペアがまだ熟しておらず、しかもあまり煮なかったと見えてゴリゴリ。あてがわれたスプーンとフォークでは切り分けるのも難しいのでナイフを持ってくるように頼む始末。しかしそれでも口に入れて食べ始めるとソースの味も滲み込んでいない状態で、ゴリゴリと噛むのにも飽きて遂に放棄。いぶかったウエーターが声をかけたので正直にクレーム。マネージャー氏が飛んできて、代わりの物を出そうかというが断った。喧嘩はしたくないので、「これはほんのちょっと硬いだけだけれど、もうおなかがいっぱいで食べられないんだよ、ところで君の眼鏡のフレームはかっこいいねぇ」というと相好を崩して、「この前2週間ほどイタリアに里帰りして買ってきたんですよ、イギリスじゃろくなデザインはないものね」。勘定書きを見るとさすがにデザートの分はチャージされていなかった。約束の時間を20分も過ぎて席を立ったが、予約客を含めて入り口付近はごった返していた。土曜日だし、新規開店と内装がかっこいいということで客が集まっているのだろう。イギリス人にとっては味は二の次でいいから。私たちはもう来ることはないだろうな。ちなみに店の名前は、Zero Quattro。
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by dognorah | 2005-10-25 09:47 | グルメ

アダム・クーパー主演の「Wallflowering」

マシュー・ボーン(Matthew Bourne)の「白鳥の湖」で一躍世界的に有名になったバレーダンサー、アダム・クーパー(Adam Cooper)はその後マイナーなプロダクションで踊ったり、振り付けをやったりといろいろやっているもののあまりぱっとしない。以前、ストラヴィンスキーの「兵士の物語」という台詞入りのバレーに出演したときの模様を記事にしたが、それほど好評とも言えない地味な出来であった。その後、今年の2月に日本で初演した「危険な関係」という自分でプロデュースした作品をイギリス中で公演したものの評判は冴えない。

その彼が、ケント州のセヴンオークス(Sevenoaks)というさほど大きくもない町の劇場で標記の題名の演劇を奥さんであるSarah Wildorと共に上演しているのを見に行った。ロンドンから一般道路をゆっくり南下して1時間足らずの距離である。私のパートナーが彼の大ファンであるので引っ張られた行ったようなもの。まあ、ロイヤルバレーの最高地位であるPrincipal Dancerを勤めていた二人のダンスを見るのも悪くなかろうと思ったわけだ。

c0057725_199795.jpgしかし、ダンスといっても社交ダンスをほんの少し踊るシーンがあるだけで、大部分は二人(出演者はこの二人だけ)の会話、それも日常生活における夫婦の噛み合わないもので、退屈極まりない。左の写真は演じるアダム・クーパーとセーラ・ワイルダー。クーパーは眼鏡と付け髭で扮装しているのでちょっとイメージが違うが。
元一流ダンサーといえどもダンスだけでは食っていけなくなった二人は演劇の方向に変身中ということか。芝居そのものは非常にうまいというわけではないがそこそこのレベルではある。今回の台詞は原作通りオーストラリア英語であるが、一応それらしく明瞭な発音であった。しかし、ダンスを期待していった私にはrubbishである。私のパートナーは、目と鼻の先でパフォーマンスをするアダム・クーパーに感激していたが。何しろ劇場といっても、昔のダンスホールを模様替えしたもので、平坦なフロアの周りに2重に椅子を並べ、真ん中の空間(5m x 10mぐらい)で彼らが演技するので、下手をすると観客とぶつかる可能性もある身近さなのだ。観客数は80名程度で満席。

彼らはこれからのパフォーマンスの方向を模索しているのであろうが、才能ある二人のダンサーの先行きが心配である。さすがにダンスシーンはうまかったが。

あらすじ
場所は70年代のとあるオーストラリアの町で長年経営してきたものの、落ちぶれたダンスホールを経営している夫婦の家。世の中の価値観が急速に変化しているのについていけないのが落ちぶれた原因と思った二人はそれぞれ買って二字分はこう変わるべきだと思って意識を変化させるが、それが夫婦の間に亀裂を生み、日常生活での精神的軋轢がストレスとなって口論が絶えない。このあたりは舞台に登場した直後の二人のスムーズなダンスが途中でちぐはぐになることでも表現される。しかし、いろいろ口論をしている家庭で自分たちは変わる必要はなく、昔通り振舞えばいいんだということに思い当り、仲直りして最後に華やかな衣装に着替えてパサドーブレはじめいくつかの華麗なダンスを披露して終わる、というコメディタッチの物語。

原作:“Wallflowering”by Peta Murray
監督:Julian Woolford
振り付け:Adam Cooper & Sarah Wildor
プロデューサー:Helen Winning
照明:Mark Gilchrist

なお、このプロダクションはArts Council of Englandという宝くじの収益金を芸術活動に分配する団体から10万ポンド近くの補助を受けて可能になったということである。

15回程度公演されるスケジュールで最終日のマチネーに行ったのだが、ほぼ満席であった。こういうローカルな劇場というのに、日本からわざわざ見に来た人が少なくとも3名はいた。さすがにアダム・クーパー。その中の一人、中年の男声に話を伺ったら、この公演以外に昨日の夜も見たし、この後の夜の公演も見るという。話していて、この人をリンバリー劇場の「兵士の物語」のときも見かけたことを思い出した。クーパーの公演があると聞くと世界中どこでも行くという。私が、「今日の公演は退屈ですねー」なんてナイーブなコメントを出したら嗜められてしまった。「私は彼が出ていさえすれば内容なんてどうでもいいのです!」と。
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by dognorah | 2005-10-24 19:13 | 観劇

ロイヤルオペラの若手歌手 – 歌曲を披露

先日のオペラアリアに引き続き、一部歌手による歌曲でも2日間にわたって発表会があったので聴いてきました。
歌ったのは、次の5人で、持ち時間は各人約30分です。
Robert Gleadow(バス):シューベルトとデュパルク
Marina Poplavskaya(ソプラノ):
 シューマン、シューベルト、ブラームスとシュトラウス
Andrew Stritheran(テノール):リスト、シュトラウス、ガーニーとブリッジ
Liora Grodnikaite(メゾソプラノ):ムソルグスキー
Katie Van Kooten(ソプラノ):デュパルクとメンデルスゾーン

c0057725_340645.jpgオペラを目指している人たちになぜ歌曲を歌わせるのかはよくわかりませんが、バス、メゾソプラノおよび最後に歌ったソプラノが歌も表現力もすばらしく、やはりロイヤルオペラのステージに出ているだけのことはあります。この3人の中でもソプラノのクーテンが一番完成されている歌手かもしれません。テノールは今回もスピント系の声で声量もあったのですが、やや荒い大味な印象でした。2番目のソプラノは、何を歌っても暗く私にはどうも苦手な歌手です。左の写真は上から、Robert Gleadow、Liora Grodnikaite、Katie Van Kootenです。

今回は先日「西部の娘」を一緒に見たstmargaretさんと初日に出会って、その伝で歌を学ぶ仲のKさん、さらにNY在住の作曲家Aさん、指揮者志望のマイケル君など音楽関係者とご一緒でき、いろいろ専門家らしい感想など聞けて大変参考になりました。
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by dognorah | 2005-10-24 03:43 | コンサート

ドガの影響を受けた画家たち(その2)

先の記事からちょっと時間が経ってしまいましたが、その後編です。

c0057725_21241948.jpgシッカートはフランスにいる間、ドガ以外にも多くの画家たちと付き合っているわけですが、彼のヌードをテーマにした作品にはドガやホイッスラーの影響も認められると共に、ボナール(Pierre Bonnard)やヴィヤール(Jean Edouard Vuillard)との共通性も認められているようです。それは、室内にモデルを配して、その部屋との心理的関連性を表現しようとしたことです。ただし、この3人のアプローチの仕方は異なり、ヴィヤールはアトリエや室内のモデルを描くときはヌード以外の室内の家具調度に対しても何らかの意味を持たせる表現をするのに対して、シッカートとボナールはモデルに特殊なポーズを取らせて、そのモデルに対するイメージを最大限に膨らませた表現と言われています。そして、この二人にもまたかなり異なる点があるのですが、それはボナールが若い肉体を賛美するポジティヴな描き方なのに対して、シッカートは逆に醜さとか不潔さを喚起させるような描き方をしていることです。モデルにしても、ボナールが自分の奥さんを使っているのに対してシッカートは娼婦を使うことが多いようです。シッカートに似た傾向は、彫刻家のロダンの当時の作品にも見られます。比較のために、会場には小さなブロンズ像Study for ‘La Muse Nue, bras coupes’(1905-6)も並べられていました。この作品はモデルが片足を上げて陰部を強調する姿勢を取っています。左の写真は、上から、ヴィヤールの「An nude in the studio」、ボナールの「The mirror」、シッカートの「Hollandise」、ロダンの「Study for ‘La Muse Nue, bras coupes’」です。

c0057725_21244849.jpgこの、人物と部屋の中の様子を心理的に関連付ける様式はさらに進んで、心理描写そのものが主題になって行きます。この面においてもドガには「Interior」という先駆的作品(写真右)があり、それと対比する形でシッカートの「Ennui(倦怠)」(写真右下)が最後の展示室に掲げられています。ドガの絵は室内の男女に何があったかの説明はなく、ただ二人の間に暴力を含む何らかのいさかいがあり、その後の重苦しい空気が表現されています。
シッカートのものは、一見平和そうに見える二人の男女の間に救いようのない倦怠感が漂っている様がはっきり感じられる作品となっています。

シッカートはこの後イギリスに戻り、彼の元に集まったイギリスの画家たちと独自の会がグループを形成して行くので、ドガに代表されるフランスの画家たちと直接結び付けられる作品の紹介はここで終わっています。全体としては、後世に残る傑作の展示というよりは、絵画史の一面を解説的に繰り述べた地味な展示であるといえます。それもあってか、私が訪問した2回とも会場は客の入りが少ない静かな雰囲気で、これが会期中の来年の1月中旬まで続けば、失敗企画という評価になるかもしれません。

もともとドガもトゥールーズ・ロートレックもあまり好きな画家ではなかったのですが、今回もそれを再確認しました。シッカートもまとめて見たのは今回が初めてですがあまり好みの作品は見つけられませんでした。この展覧会では、前回述べたようにジョージ・クローセンのような好きなタイプを見つけることが出来て収穫もあったのですが。
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by dognorah | 2005-10-23 21:30 | 美術