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カテゴリ:旅行( 44 )

IRISその後

父親の一周忌で里帰り中です。
英国入国時のパスポートチェックを避けるためにIRISというシステムを利用していることを以前書きましたが、2年経過したら再登録が必要という噂がありました。これを最後に使ったのは昨年9月のスイス旅行の帰りで、実はその時点で2年以上経過していたのです。今年になって使うチャンスは2回あったのですが、一回は空港のシステムが稼働していなくて使えず、二回目は例の火山灰の影響で旅行がキャンセルされたので結局今年はまだ一回も使っていません。
今回日本からの帰りにIRISで拒絶されて入国審査で長蛇の列だったら困るので、事前にIRISオフィスを訪問し確認したところ、「最後に使ってから2年以上使わなかったら再登録が必要だけど、あんたの場合は必要なし」とのことで安心しました。
つまり登録してから2年間有効ではなく、定期的に使っていれば永久に有効ということです。
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by dognorah | 2010-05-03 16:11 | 旅行

ほんの数時間のパリ

バスティーユのオペラを見るために日帰りでパリを訪れたが、関連地域は日曜ということでほとんどの店が閉まっていてオペラの前後は無聊をかこっていました。パリはまだまだ夏の気候で気持ちのいい青空が拡がっていたので散歩をしたい感じでしたが、時間が中途半端でそれもかなわず。オペラの終演時刻を過大に見積もったために帰りの列車まで随分時間を余してしまったけれど、乗り遅れると大変なので北駅からあまり遠いところへ行くのは不安だし。
ユーロスターの切符売り場に行って「早い電車に変えてくれー」と要求 したが当然ながら「お前の格安切符じゃ駄目だよん」と断られる。メシにもちょっと早いので北駅周辺をぶらぶ らしていたらイタリア人と称する男に道を訊かれる。なんで一見してフランス人と分かる人に尋ねないんだよー。最初はフランス語で訊いてきたが私が喋らない と分かるとすぐ英語に切り替えた。結構怪しげな発音ではあったが、イタリア人のくせしてフランス語と英語を話せるなんて大したものじゃない。どれどれと地図を見ていると、いきなり色の浅黒い大男が現れ、「警察だ。パスポートを見せろ!」と警察の身分証明書らしきものを提示して迫る。とっさに、最近どなたかパリで偽警官らしき人に同様の要求されたことを日記で読んだし、また近頃ロンドンで偽警官による邦人への詐欺事件が頻発していてロンドン総領事館から注意喚起のメールを受 けていたことを思い出し、相手が偽である可能性を十分に意識して対応した。最初に道を訊いたイタリア人は「いや、こいつは本物のポリスだぜ」といいながら 要求通りパスポート、更に財布の中身を見せていた。私はそれでも執拗に本物かどうか疑うそぶりを見せ、もう一度身分証の提示を求めた。提示したのでそれを 掴もうとしたら「触るなっ」と引っ込めてしまったのでよく分からず。ただ、金属製の星形をしたバッジが貼り付けてある皮ケースに収まっていたのは確認したが。まだ半分疑っている私はパスポートでなしに運転免許証を見せた。パスポートをひったくられたら困るけれど運転免許ならロンドンに 帰ってすぐに再発行して貰えるし。次いで、持っている金を見せろと言ってきた。大した金額は入っていなかったからすぐに財布を渡したが、イタリア人の時と 同様紙幣の匂いを嗅いでいる。要するに麻薬取引をしているかどうかを確認しているようだ。それで特に不審な点は見つからなかったらしくすぐ放免されたので、本物のポリスだったかな。ロンドンではクレジットカードの提示と暗証番号を求められてまんまと現金を引き出されるらしいけれど。
それにしても外人同士が話していると怪しまれる確率大なのでこれからは道を訊かれても無視しようと決意した次第。あのイタリア人だって私に話しかけた本当の目的は何だったのか怪しいものだし。
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by dognorah | 2009-09-23 01:11 | 旅行

ルツェルン観光

(1)ロンドンからルツェルンまで
ロンドンから飛んでいる格安フライトはガトウィック空港からチューリッヒに行くイージージェットがある。ただ、この便は夕方に1便あるだけで、チューリッヒ着が午後7時35分と遅いのが難点。そこからルツェルンに電車で行くわけだが現地到着は午後10時頃となってしまう。今回はチューリッヒ空港近くのホテルに一泊して翌日の朝ルツェルンに向かった。空港からは直通電車が1時間に1本あって、そのほかにチューリッヒ駅乗り換えのものが何本もある。所要時間は1時間乃至1時間10分くらい。9時台の直通電車を目指して空港に行ったがその日はキャンセルされてしまい、やむなくチューリッヒ駅乗り換えで行った。電車賃は往復54フランだがルツェルン・フェスティヴァルの切符を持っていると半額になるのでしっかりと利用させて貰った。切符売り場のお兄さんは「これは本当に良いオファーで、あんたは得したよー。電車に乗る前には必ずスタンプするんだよ」と注意してくれた。先月行ったパリではそのスタンプを忘れてしまい、車掌に叱られた経験があるので今回はちゃんとスタンプする。しかしロンドンにはない面倒なシステムなのでつい忘れがちになる。事実二日後に空港に戻るときは忘れてしまった。びくびくしながら車掌に説明したらあっさりと「問題ないよ」とお咎めはなかったが。

(2)ルツェルン市内
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ルツェルンの人口は約60,000人。ジュネーヴやチューリッヒと同様、湖とそこから流れ出る川が美しい景観を呈している綺麗な街。遠景にはアルプスの山々。見所は全て徒歩で回れる。北側に昔の街の境界である城壁が残っていて一部は塔に上ったり壁の上を歩いたり出来る。すぐ外側の牧草地にはスコットランド原産のAberdeen Angusという牛が飼われていた。こいつの肉は高級品でとても美味いのだ。
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市内のレストランはイタリアンが多い。値段は比較しやすいピザなどではロンドンの5割り増しくらい。味はなかなか良い。
次の写真のホテルは屋根がおしゃれだし、壁には絵も描いてある高級ホテルだ。この裏側が川に面したテラスがあるレストランで、雰囲気も味もよい。
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次の写真はそのレストランから川の向かい側を撮ったもの。Jesitenkirche。内部は天井装飾が美しい。
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(3)インターラーケンへ
コンサートの翌日は電車で2時間かかってインターラーケンに行った。トロッコのように狭い軌道の電車だった。やはり半額割引を適用して貰って往復で30フランだった。昼頃インターラーケンに着いてから、ユングフラウヨッホに行ってみようと思って駅の窓口でどうやっていくのか訊いたら直通電車で行けるという。
「じゃあ、往復切符を頂戴」
「はい、180フラン」
「何だって?冗談言うなよ」
「冗談なんか言ってない。片道90フラン、往復だと180フラン。分かる?」
ゲーッ、ロンドンとチューリッヒ間往復飛行機代より高い!因みに往復飛行機代は90ポンド(約14000円)、この登山電車は約16000円。今回はルツェルンフェスティヴァルの切符も役に立たず。空は曇っているので現地で山が見える保証はないし、片道2時間半もかかると言うし、一気に行く気を無くしてしまった。
窓口氏は「お前のような貧乏人にはこれが良かろう」とでも言うように代替案を示してくれた。駅から5分程度歩いたところにケーブルカーの乗り場があるからそれに乗ってHarder Kulmというところに行くという案。代金は往復25フランとのことでその案を受諾した。標高1322mという。インターラーケンの標高は567mということなのでケーブルカーは750m位上ることになる。乗り場に行って上を見ると頂上は雲に覆われている。しかし頂上に着く頃には雲はなくなっていた。それより高い雲が未だあるので晴れてはいないが。驚いたことに遠くの山、すなわちユンクフラウ、メンヒ、アイガーが全て見える!
Jungfrau
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Mönch
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Eiger
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1時間ぐらいいろいろ写真を撮っていたらどんどん雲が流れてきて視界が効かなくなり、おまけに雨まで降り出したのでレストランに入って昼食を取る。こういう山の上にありながら値段はルツェルンより安く、大変良心的だ。味も良かったし。

(4)ピラトゥス山
翌日はルツェルン最終日。今までずっと雨模様だった天気はようやく回復して朝から晴天が拡がっている。そこで定番コースであるピラトゥス山に行くことにした。回遊券が販売されていて、まず船に乗って湖を縦断し、Alpnachstadという山の麓の登山電車乗り場まで行き、電車に乗ってピラトゥス山の頂上まで行く。そこからゴンドラを乗り継いでKriensというところまで下り、路線バスに乗ってルツェルンに戻るコースで、金額は約90フラン。これはコンサート切符は割引効果がなかった。
天気が良いので船で遊覧する湖は美しく、遠くには白銀を頂いた山も見えるしなかなか快適。船の最先端に座って楽しんでいたら検札に来たお姉さんに、ここは1等だと言われ、すごすごと一段下のデッキに下りる。道理で空いていたわけだ。2等のデッキはちょっと混んでいたが暫くしたら席が空いたので、またひなたぼっこを楽しみながら遊覧を続ける。あちこちに停まって乗客の乗り降りがかなりあり、約80分後には登山電車乗り場に到着。ピラトゥス山は標高が2100mぐらいあり、麓駅は標高436mということなので電車は1600m以上上ることになる。時間は40分かかるが、ものすごい急勾配で、よくこんなものを作ったなぁとひたすら感心した。ロープは使わず、ジッパーのような構造の鉄道を噛みながら上っていく。従って各電車は単独行動が可能で、客が多いときは2台の電車が短い間隔で運行している。当然真ん中あたりで下りの電車とすれ違える構造になっている。
頂上に着いたら気温表示があり、4℃だった。日陰には雪が少し残っている。残念だったのは頂上付近だけ雲に覆われていて、視界が悪かったこと。時折下の方は見えるが、水平方向は見えず、山並みを鑑賞することは出来なかった。しかしゴンドラに乗ってちょっと下がると雲を抜け、眼下の湖と緑の美しい景色を堪能できた。大きいゴンドラから小さいゴンドラに乗り換える地点には面白そうな遊園地が展開している。ザイルを使ってスリルを楽しめる施設やTobogganと呼ばれる滑り台の親分みたいな施設で、共に大人向けのようだ。夕方のフライト時間が気になるので遊ばなかったが面白そう。
そこから小さいゴンドラに25分間揺られて麓に到着したが、この周遊コースはなかなか楽しめる。上で昼食も取ったので全部で5時間ぐらいかかったがお薦めだ。

帰りのフライトでは一波乱あった。時間を1時間間違えていたのだ。なぜ間違えたかという話はちょっとややこしいが。私の携帯電話のOSはWindows Mobileなので旅のスケジュールは全てOutlookに入力してある。携帯電話の時刻は当然ロンドン時間に設定してあるのだが、チューリッヒの携帯電話会社は自動的にその携帯の時刻をスイス時間に変えてしまうのだ。これは機種によってそうならないものもあるが私のはなるのだ。場合によってはこれは便利なサーヴィスだが、ここに落とし穴があった。スイス時間に変わると同時にOutlookのスケジュール時間も変えられてしまうのだ。従って7時50分発のはずが8時50分発と表示される。で、悠々とルツェルンで時間をつぶしてしまった。空港に到着してボードを見てミスに気付いた次第。出発時刻の30分前だった。これからパスポートコントロールとセキュリティをくぐらなければならない。大あわてでゲートに着いたら15分前だったが何とフライト自体が30分遅れていてセーフ。これからは紙のスケジュールもちゃんと持ち歩かねば。
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by dognorah | 2009-09-08 23:40 | 旅行

ミラノ徒然

ミラノは今まで結構な回数行っているがそれは全てビジネスだったので、自前で行くのは今回が初めてである。空港はリナーテ(Linate)とマルペンサ(Malpensa)があって今まで両方とも使ったことがあるが、今回は当然近い方のリナーテに到着する便を選んだ。空港から市内のホテルまでタクシーで16ユーロ程度、4人で乗れば一人4ユーロとお手軽である。公共交通は確かバスしかなかったと思うが未だかつて使った経験はない。何度か市内をタクシーで走ったが、路面電車が縦横に走っているし道は入り組んでいるし一方通行が多いし、ここを自分で運転して目的地に行く自信はないなぁと思った。タクシーの運転手だって有名なサンタ・マリア・デレ・グラーチエ教会に行くのに地図と首っ引きだった。いつまで経ってもDuomoのまわりをぐるぐる回っているので、予約時間に間に合うのか不安になる。降ろされた地点も教会の裏側だったので走って教会内部を突っ切りようやく間に合った。帰りは徒歩でDuomoまで戻ってみたが、なーんだ大した距離じゃなかった(^^;
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レオナルドの「最後の晩餐」は20年以上前の国際会議の合間にふらっと行って見学できたが修復後は完全予約制で、15分ずつ区切られたタイムスロットを選ぶ形式になっており、今回は昨年12月に予約したが既に残っているタイムスロットは極限られたものだった。見た日は金曜だったが翌土曜は12月時点でも予約は完全に埋まっていた。シーズンオフなのに凄い人気だ。入場は全てコンピュータで制御されており誤魔化す余地はなさそう。一回の定員は25人だが、私たちの時は21-2名だった。半分ぐらいは日本人だったからこれも驚くほどの人気だ。
ホールは明るくて光線の具合もほどよく、大変鑑賞しやすい環境が整えられている。絵を見て驚いたのは以前見たイメージとは違って絵自体が非常に明るい色ですっきりしていることだ。洗浄と修復の効果がはっきり現れている。絵の具は随分剥落しているがこれ以上の再現は望むべくもないだろう。何度も複製画で見た絵ながら、実物の色合いは複製では得られない純粋さがあり感銘を覚える。
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洗浄といえば、ミラノ大聖堂(Duomo)も綺麗に洗浄されておりびっくりした。磨き上げられた大理石の美しいこと!ブルー系統の色のものが特に目を引かれる。以前と同様今回も上まで上ってみたが雪を頂いた山並みが美しく見える。
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博物館の類はスカラ座博物館とアンブロジアーナ美術館を見た。両方とも取り立てていうほどの内容ではないが、美術館ではレオナルドなどよりベルナルディノ・ルイーニ(Bernardino Luini)の絵画に惹かれた。
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by dognorah | 2009-02-19 00:44 | 旅行

ロンドンからバイロイトへ

オペラの記事と前後してしまいますが、旅行記を。

バイロイトに行くにはまずニュルンベルクに着陸する。ロンドンからそこまで飛んでいる航空会社はAir Berlinというドイツの格安航空会社だけであるが、我が家から3時間近くかかるStansted空港から朝7時55分に出る便しかない。仕方がないので空港ホテルに宿泊した。
当日5時半に起床し、前日に買い込んでおいた朝食をゆっくり取る。チェックアウトしてホテルを出たのは6時50分。その5分後にはチェックイン完了。セキュリティゲートは長蛇の列だったが大して時間もかからずすでにアナウンスされたゲートに向かう。ニュルンベルクに到着してから必要な書類を整理していたら待合室の隣に座っていた老婦人から「バイロイトに行くの?」と話しかけられる。私の書類を横目で見たらしい。聞けば彼女もバイロイトだという。毎年行っているんだと。どうやって切符を手当てするの?イギリスのヴァーグナー協会のメンバーなんだよ。初めて行ったのはいつ?20年前。あのときのRingはクプファー演出でバレンボイム指揮だったわ。最近のバイロイトは世代交代期だわね。という調子でバイロイト駅到着までずっとヴァーグナーオペラに関するおしゃべりを続けた。彼女は85歳でたった一人で旅行している。その年でPCを自由に扱うようでニュルンベルクからバイロイトまでの列車の切符もインターネットで購入済みでプリントアウトした紙を見せてくれた。私はその年まで一人でオペラ行脚ができるだろうか?いい目標ができた。彼女は今回はRingだけを見るそうだ。ホテルが違うのでオペラハウスでの再会を約してバイロイト駅で別れた。
定刻よりやや遅れてAir Berlin機はスタンステッド空港を飛び立つ。途中かなり気流の悪いところがある、最善の努力はするけど覚悟召されよ、とのアナウンスが機長よりあったが努力が功を奏したのか大した揺れではなかった。ニュルンベルク空港は快晴で予報通り30度を超えそうな暑さだ。そこから地下鉄U2でニュルンベルク中央駅へ行く。1.9ユーロだった。中央駅でSバーン乗り場へ行き自動販売機でバイロイトまでの切符を購入。16.1ユーロ也。ここはミュンヘンやドレスデンと違って自動販売機の英語表示ボタンがちゃんと働くので助かる。プラットフォームに着いたらドレスデン行きと連結して途中まで一緒に行くらしいことがわかった。前の方に乗ればいいのか後ろの方がいいのか全くわからない。一般乗客に訊いても要領を得ないので駅員らしい男を見つけて訊くと後ろだという。ここからバイロイトまで結構山のある地形らしくトンネルが多い。外はかんかん照りで、車内はエアコンが効いていてよかった。この辺の線路は電気軌道も架線もなく列車はディーゼルエンジンだ。やや騒音が大きい。バイロイト駅からホテルまで800mぐらいだそうだが荷物があるのでタクシーを使う。チップ込みで5ユーロ払った。到着したのは1時過ぎだったが快くチェックインさせてくれた。一通り荷物をアンパックしたところで空腹感が募ってきたので出かけることにする。フロントで地図をもらい、さてどこへ行こうかと考えていたらロビーでワインを飲みながらカナッペを食べている連中がいる。聞けば自由に飲食していいそうなのでこれ幸いと少しお腹を満たす。食べながら町の中心まで1km足らずで行けることを地図で確かめ歩き出す。
町の中心は歩行者専用のHigh StreetであるMaximillianstrasseがあり店やビアホールが一杯で結構賑わっている。古そうな教会も少なくとも3つは見つかった。外見、内部ともそれほど印象的ではない。内外部とも修復中のところが2カ所。
あまりにも暑いのでいったんホテルに帰る。4時から始まる本日のオペラに行く人たちがロビーにいて、軽食をほおばっている。自分もまた少しつまむ。
夕食はホテルのレストランを試す意味もあって8時前に入る。ダックを頼んだが味はまあまあ。グラスで赤ワインを頼んだがフランケンワインだった。まるで良質のピノノワールのような芳しさに驚く。色は薄め。おいしいワインだ。ウエーターがフランコニア(Franconia)のワインだといったのでそれはどこ?と訊くとこの辺だという。フランケンワインというのは昔から聞いて知っていたがそれがどの地域かなんて知らなかった。
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by dognorah | 2008-08-11 03:12 | 旅行

ミュンヘンにて

7月12日から16日までミュンヘンに滞在。目的はオペラフェスティヴァルの2演目を見ることで、それらのオペラについては既に記事にした。
到着した12日はオペラはなく、その代わり野外コンサートが開催されていた。ケント・ナガノ指揮のバイエルン州立管弦楽団の演奏で、プログラムは次のとおり。

ブラームス: 大学祝典序曲
アイヴス: 交響曲第1番
リヒャルト・シュトラウス: 交響詩ドン・ファン
リヒャルト・シュトラウス: ソプラノと管弦楽のための4つの最後の歌
(ソプラノ: ソイレ・イソコスキー)

夕方から、ブログ仲間でありmixiのマイミクでもあるフンメルさんと落ち合い、ビールを飲みながら食事をしたので会場に着いたときはアイヴスの交響曲の途中だった。舞台は雨に濡れないように山形の巨大なヴィニルで覆われてスピーカーが両脇と前面各所に取り付けられている。サイドや後方で人の頭の隙間から覗きながら聴いたが音はなかなか良い。音は舞台のあちこちに立てられたマイクで拾っているらしい。幸いにして先ほどまで降っていた雨は演奏中は降らなかったので結構人で溢れていた。
オケもいい音を出していたが、マイクを通して聴いてもイソコスキーの歌唱はすばらしい。
終了後は再びフンメルさんとワインを飲みながら深夜まで語り合う。初対面だがネット上では旧知であるので過去の話題もスムーズに言及できて話題は尽きない。

翌日曜日は朝から土砂降りの雨の中をフンメルさんの好意でムルナウに車で連れて行って貰い見所を案内していただく。晴れていればアルプスの山々を近くに見ることの出来る美しい湖畔の村であるが雨が止むことはほとんど無かった。夏の休暇で滞在している人たちもこの雨で他にすることがないのでSchlossmuseumとミュンターの家に殺到。大変な混み合いだった。今年は、カンディンスキー、ミュンター、ヤウレンスキー、ヴェレフキンの4人の画家がムルナウに集まって美術論を論じてから100年記念ということでSchlossmuseumでは彼等の絵を集めた特別展をやっている。それもあってムルナウを是非訪問したいと思っていた。特別展そのものは特に重要な絵画が展示されていたわけではないものの多くの絵画が集められていて、当時の彼等が数年後に青騎士グループ(Der Blaue Reiter)を形成するに至る過程をたどることが出来て興味深い。その建物の窓からちょっと離れたところにミュンターの家が見える。午後はそこを訪問。

ミュンターとカンディンスキーの住んでいた家(入場券からスキャンしたもの)
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Gabriele MünterはWassily Kandinskyの絵画教室の生徒であったが1902年頃から二人は愛人関係になり既婚者だったカンディンスキーは数年後に離婚。、彼女は1909年にムルナウに家を買って二人はそこで暮らす。1914年の第1次世界大戦勃発でカンディンスキーがロシアに帰国することで二人の関係は終了するが、その家が現在はミュンターの家として博物館になっている。彼等の絵や写真(ミュンターは写真家でもあった)を元に家の内部は復元されてかなり当時の状態に保たれているようだ。
次の写真は食卓。かなり狭いスペースである。
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階段や家具などはカンディンスキーがいろいろの模様を描いたまま保存されている。次の写真がその一部。
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私は芸術家同士が愛人関係にあってお互いに影響を及ぼし合う様をたどるのが好きで、エピソードを読むにつけ胸にぐっと来るものをいつも感じる。そこから自分勝手に想像を膨らませてロマンティックな気分に浸るのだが、今回もそうだった。

ところでカンディンスキーはロシアに帰国するに際して大部分の作品は彼女の元に残していったらしく、そういった絵や他の青騎士グループの作品など膨大な絵画をミュンターは大切に保管していた。北欧に移住したりあちこち旅をしたりしたときにそれをどうしたのか知らないがとにかく彼女の80歳の誕生日を記念してそっくりそれをミュンヘン市内にあるレーンバッハ美術館に寄贈した。二流の美術館はそれでもって一躍世界的な質の高い美術館になったという。
Lenbachhaus
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今回初めてそこを訪問して、ミュンターはよくこれだけ多くの作品を所持していたなぁと感心した。大作もかなりあるし。ドイツ表現主義に興味があれば他の作品も含めてかなり見応えのあるものだ。カンディンスキーの抽象への道はこのコレクションだけでかなり充実している。これを火曜日に見たが前日の月曜日に唯一オープンしているミュンヘンの美術館、近代美術館(Neue Pinakothek)を訪問し、同時代の作品も見ているので今回は予想外に興味ある作品群に触れることが出来た。お薦め下さったフンメルさんに感謝である。

ミュンヘンは3年振りだがそのときは仕事で昼も夜も時間がなくて何も見ることが出来なかったので観光名所を見て回ったのは久し振りだが雨のため極めて限定的になってしまったのはやや残念。しかし来期のオペラも充実していようなので近いうちにまた訪問して今回見損なったものも見てみたい。ドイツ料理のまずさは相変わらずだがビールだけは別格。
ユーロ高のせいで物価はロンドンよりも高いかも。中でも空港から市内への電車の運賃が馬鹿高い。ドレスデンに比べると5倍ぐらいする。
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by dognorah | 2008-07-19 09:01 | 旅行

ドレスデン雑感

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今回約20年ぶりにドレスデンを再訪した。前回はもちろん共産政権下の東ドイツで、国際会議出席のためだったがヴィザを取るのもドレスデンへの交通(飛行機は飛んでいなかったので、東ベルリンから列車)も結構苦労した記憶がある。今回はロンドンからBAが飛んでいるので通常の都市と何ら代わりがない。直行便はこれしかないのだが100席程度の小型機にも拘わらず往復ともかなり空いていた。ドレスデンは東ドイツ時代はかなり大きな工業都市で、空気汚染がひどく街の建物はすべて真っ黒にすすけていたぐらいだが、現在はその工業もあまりふるわないのかロンドンとの間でビジネスマンの行き来が少ないように見える。煙をもくもく吐き出す煙突もほとんど見なかったし空気は非常にきれいになっていたのはよかった。ドイツ統一後は公害対策も進んだのだろう。

最近再建されたFrauenkircheなどの建物を除いてオペラ劇場周辺の佇まいは当時とほとんど変わっていない。そのときは外国人に見せれるものはあらかた見せて貰ったはずだが、一部を除いては忘却の彼方。

今回思ったことはまず静かだということ。観光客はもちろんいるが外国人よりドイツ人の方が多いという印象。ロンドンのようにあまり行儀の悪い若者がいない。生活ペースもゆったりしている感じである。交通費も安くて、空港から街の中心までの電車賃が1.8ユーロであった。街の中の移動手段であるトラムも1時間以内は1.8ユーロ。

ラファエロやティチアーノの絵のことぐらいしか憶えていなかった美術館、Gemäldegalerie Alte Meisterを再訪問する。
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ロの字型のお城のような建物Zwingerの一角がその美術館である。作品数はめちゃくちゃ多くはないので2-3時間ぐらいで見て回れる。さすがに名画が多いが、今回は2点あるフェルメールの中の次の1点とヤン・ファン・アイクの小さな祭壇画が特に印象に残った。
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フェルメールのものは同行のTさんとも意見が一致したが、人物はまだ彼らしいテクニックが完成していない魅力のないものなのに、布地と右手真ん中に描かれた陶器の描写の何と凄いことか。絵をぱっと見てまず陶器に釘付けになる。完璧に表現されたものとして輝いている。次いで女性が左手に持つグラスと布地の精緻な模様の表現。
ヤン・ファン・アイクのものは幅がほんの50cmぐらいしかない小さなものだがその精緻な筆致による気品の高さに圧倒される。

次の訪問先は3年前に再建成ったFrauenkirche。
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イギリス軍の空襲でドレスデンが瓦礫と化したときにこれも崩壊したものが再建されたのだが、その空爆の歴史再建時の様子フンメルさんが2回に分けて書いていらっしゃる記事が詳しい。内外部とも美しく再現されている印象だったがそのエネルギーに脱帽。訪問したときは祭壇近くのスペースに譜面台がいくつか置いてあったのでコンサートも催されるのであろう。冒頭の写真はその内部を撮ったもの。淡い色の付いた大理石が特に美しい。
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by dognorah | 2008-07-01 09:54 | 旅行

モロッコ旅行2、 マラケシュの印象

(マラケシュの象徴クトゥビア)
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空港から街まで6kmと近い。観光案内所でもらった街の地図にもその位置が載っているほどだ。新市街(ギリーズ)と旧市街(メディナ)で構成されているが見るべきポイントはほとんどメディナにありメディナ自体が世界遺産に指定されている。新市街は道幅も広くオレンジの街路樹が沢山植えられていて近代的に整備されている。車の交通量は相当なものだが古い車が多い上に排気ガス規制は全くないらしく、久し振りに悪臭を嗅いでちょっと不愉快な気分になる。ホテルからメディナまで歩いていったがオートバイも含めてもうもうたる排気ガスに辟易した。メディナは高い塀に囲まれていて沢山ある門の近くの一部を除いて細い道路が網の目のように入り組んでいる。そこを大勢の人、自転車、オートバイ、ロバの引く荷車、馬車、自動車が雑多に行き交い、歩きにくいことこの上なし。
このメディナのほぼ真ん中にジャマ・エル・フナ(Djemaa el Fna)広場という広いスペースがあるがここには昼間はフレッシュオレンジジュースを売っている屋台やドライフルーツを売っている屋台などが沢山あるもののスペースは結構空いている。ところが夕方になると食事をさせる屋台がどんどん建てられて、夕食の頃になるとそれが秩序だってぎっしり埋まる。
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当然大勢の人が集まり、客の呼び込みも激しく各テーブルの周りはすぐに人で一杯になる。メニューも各国語で用意してあり、日本語のものもあったのには恐れ入った。値段は安いとは言えないがreasonableではある。我々のように一人100DH(1DHは約15円)も食べるのは珍しいようで、店側が感謝してミントティーをサーヴィスしてくれた。地元の人たちの食べ方を見ていると、一家でやって来て沢山の種類をオーダーするも食べるのは早くすぐに他の客と入れ替わる。それが延々と深夜まで続くそうで広場は常に熱気で溢れている。食べ物の種類はその辺のレストランより遙かに豊富で、魚もあるし羊の頭(脳みそを食べるらしい)もある。魚はヒラメの揚げたのを食べてみたが意外に新鮮でおいしかった。残念なのは酒類は一切置いていないことで、それがあれば一杯飲み屋と同じでぐだぐだと時間をつぶせるのだがとbibinga氏と嘆き合った。食べるだけだから食事はすぐに終わってしまう。回転が速いわけだ。もしアルコールを置いたら売り上げはある程度上がるけれど長時間居座られるリスクもあり、どっちがいいのかは考えどころだろう。まあイスラムの掟に従っていた方が摩擦が少ないから現状やむを得ずか。しかし、食事の後は何をする?正直時間をもてあましてしまった。ワインやビールはホテルに帰ればあるが、ホテルのレストランは我々の泊まったところは高くてまずいの典型でどうしょうもない。しようがないからバーでビールを飲んで一日の反省?を語り合うのが関の山。

この広場の北側には規模の大きいスークがあり、網の目のような細い通路を挟んで各種の商店が軒を連ねている。上野のアメ横の規模を大きくしたようなものか。店は金物屋とか革製品など商品ごとにかたまっている。珍しい形態だから興味深く見て回ったが観光客にとってはあまり魅力的な商品はない。何も買わなかったが歩いているとあちこちから日本語で呼び込みの声がかかる。それほど日本人が買い物するのか?フランス人観光客がたまに商品を物色している様を見ることはあるが、商売繁盛という印象は全くなく、よく生活が成り立つなぁと心配してしまう。
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by dognorah | 2008-03-19 09:01 | 旅行

モロッコ旅行 1

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私のブログに以前は「ガラちゃん」、最近はご自分のブログを書かれているために「bibinga」というハンドルでよくコメントを下さっていた方が今月下旬に4年間のロンドン生活にピリオドを打って東京に帰任されることになった。最後にどこかへ一緒に旅行しようということで意気投合し、行き先については紆余曲折があったものの最終的には西洋音楽や美術とは関係ない場所ということでモロッコのマラケシュを訪問し、次いで同国内のサハラ砂漠を探訪することとなった。
旅程は次のとおり。
第1日目: ロンドンからマラケシュへ
第2日目: マラケシュから車でオートアトラス山脈を越えてワルザザートへ
第3日目:ワルザザートから西へ300km離れたリッサニという町近くの砂漠へ
第4日目:リッサニからマラケシュへ車で戻る
第5日目:終日マラケシュで過ごす
第6日目:夕方の便でマラケシュからロンドンに

私にとっては初めてのアフリカ大陸訪問であったがモロッコは想像以上に開けていてサハラ砂漠に自家発電と地下水を使って運営されているようなホテルでも水洗便所やシャワーが完備されていることにちょっと驚いた。もっともテントに泊まるとトイレはなく、適当にその辺で用を足すようだが。

ロンドンからマラケシュまでは飛行機で3時間半の距離。冬は時差無し。モロッコの産業については現地ではあまり情報が得られなかったが、オレンジ、オリーヴ、トマト、小麦などを栽培する農業は盛んで食料は恐らく充分自給可能のように見える。肉は羊や鶏が主であるが地中海では魚も結構捕っておりスペインの漁船とは結構トラブルもあるらしい。工業では燐鉱石が沢山取れて輸出しているとのこと。金銀も少しは採れるらしい。国旗は赤地に緑の星マークであるが緑は恐らくオリーヴを、赤は国土の多くを占める赤土かあるいはトマトを表しているのか。

国土は日本よりちょっと大きく、日本と同様に真ん中の長手方向に山脈が走っている。それが結構高くて最高高度は4167mもある。これが壁になって山脈の北と南で気候が全く異なる。北は比較的湿潤で緑が豊富、南は乾燥しきって砂漠が主体になる。雪解け水が豊富であるが南では夏は川が涸れて緑はオアシスだけである。マラケシュを始め大都市はすべてこの山脈の北側にある。

人口3300万のうち65%はアラブ人で30%がベルベル人という。厳しい気候の南に住んでいるのはほとんどがベルベル人である。彼等は紀元前3000年以上前からアフリカ北部に住んでいた人種で7世紀にアラブ人が侵入するまでは結構独自の王国をいくつも築いて抗争を繰り返したりしてきた民族である。ちなみにヴェルディのオペラ「オテロ」の主人公はムーア人となっているがベルベル人のことだそう。ムーアというのはローマ人が名付けたらしい。

現地では旧宗主国であったせいだろうフランス人観光客が圧倒的に多い。アラビア語が公用語であるがほとんどの人がフランス語も話すようだ。観光業では英語も通じるが第2外国語的地位のためか英米人観光客が少ないせいかフランス語ほど流暢ではなかった。驚いたのは若い世代では日本語を習っている人が多いようで、マラケシュでも南部の町でも挨拶程度ではあるがよく日本語で話しかけられた。すれ違いざまに声をかけてくるだけなので他意はないようだ。中学生ぐらいの子供からも声をかけられたことがある。観光業では日本人観光客が多いのでたいていの人は簡単な挨拶ができる程度に話す。商店などでは客引きに必要な短い会話が発せられる。駱駝引きなどは駱駝の乗り降りや歩行中の安全に関する短い会話もする。それにつられてつい日本語で応えてしまうがそれは通じないようだった。

空港のパスポートコントロールは時間がかかるもののまずまずのサーヴィス。搭乗手続きなどイギリスよりも遙かにテキパキしている。町では交通取り締まりの警官によく出会う。定員オーヴァーの車やオートバイが多いので取り締まっているそうだ。結構態度が大きい。

通信などのインフラはかなり整備されているようで、荒涼たる砂漠や山岳地帯に延々と送電鉄塔が連なっている。また各地で道路を掘り返して太い下水管のようなものを埋める工事も多かった。メイン道路はほぼ100%舗装されているが地方では住宅地の道路は未舗装だった。車はやはりフランス製が多いがトヨタも結構目立った。トラックは三菱が多い。排気ガス規制が全くされておらず、古い車とオートバイが排出する猛烈な公害に辟易する。

マラケシュの気候は南(北緯32度、九州の最南端ぐらいか)なだけあって暖かい。2月下旬でブーゲンビリアが咲き乱れており、晴れていれば午後は20度を超すようだ。ただ、日が傾くと急激に温度は下がり夜間は10度ぐらいであったろうか。
次回はマラケシュの街の印象について。
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by dognorah | 2008-03-06 02:59 | 旅行

マドリード雑感

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約10年振り3度目のマドリードですが、街をじっくり見たのは今回が初めてです。まずは翌日の朝食を部屋で食べるために材料をスーパーに買いに行きましたが、マジでこのスーパーが羨ましかった。ロンドンにこういう店が欲しい。食料品しか見ていませんが非常に品揃えがいいのです。特に魚屋の充実度が凄い!すべて新鮮そうでやたら種類が多くて貝類も蟹もエビもロンドンでは見たことがないものが一杯。ハロッズだってこんなに置いていませんから。昨年夏にバルセロナに行ったときは市場を訪問して魚屋がずらーっと並んでいてありとあらゆる魚介類が売られている様に度肝を抜かれましたが、海のそばの街だから当然だろうぐらいに思っていいたのです。でもマドリードのような内陸都市でもこれだけ豊富に魚介類があるとは想像していませんでした。スペイン人恐るべし。

中心部のレストランはおいしそうで素敵そうなところがぎっしり軒を連ねているという感じでマドリード人の食い意地は相当なものと見受けました。もちろんシーフード専門店もたくさんあります。到着した土曜日の夜に知人達とレストランで待ち合わせしたのですが予約なしで行ったら振られてしまいました。それではあそこがあるということで移動したのですがそこも満員で11時半まではテーブルは空かないとのこと。やむを得ず空いているところならどこでもいいというスタンスでやっと席にありつけました。まあそこもおいしかったから良かったのですが。しかし土曜の夜の王宮に近い繁華街は新宿並みの人出で、欧州では見たことがない風景にびっくりしたものです。めったやたらと靴屋が目に付きましたね。値段はロンドンに比べて格段の安さ。知人によると品質も全く問題ないとのこと。

月曜は美術館が休みなので火曜日にティッセン=ボルネミッサ美術館(Museo Thyssen-Bornemisza)で開催されているモディリアーニ展に行ったら午前中前半に行ったにも拘わらず大行列でしかも今から入手できる入場券は午後2時15分以降のものということで、夕方の飛行機でロンドンに戻る予定の私は断念。それじゃ3回目の訪問になるけどまたプラド美術館に行くかと方向転換したもののそちらも最後尾が見えないくらいの大行列。このシーズンで平日だというのにどうしたことでしょう。10年前の2回目の訪問時はもっと気候がマイルドな秋に行ったのにすぐ入場できたことを思うとちょっと異常ですね。係員にこれは特別展ではなく常設展の入場客だよね?と念のために訊いたらそうだという。ということでこちらも断念。しようがないから近くのParque del Buen Retiroという公園(広いです)を端から端まで散歩して昼食用にバーを2軒はしごして今回のマドリード訪問はおしまい。今度はシーフードを堪能しに来たいです。

トップの写真はエジプトから贈られたDebod Temple(紀元前2世紀の作品)でAmonとIsisの神を祀ったものということです。王宮公園にありますが夜散歩していてライトアップが水に映えてあまりにも美しかったので撮ってみました。
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by dognorah | 2008-02-11 09:53 | 旅行