2012年4月から9月9日までテート・モダンにて。
Damian Hirst at Tate Modern 上記美術展が開催されているので見てきました。最近20年間の作品の中から選んで展示しているとのこと。彼の名を一躍有名にした牛や羊などのホルマリン漬けは多数展示されています。その他、鮫、魚、鳥なども。 牛の生首にたかるハエの群れは生きたまま展示。ハエの死骸を多数集めて黒い絵の具で塗り固めて直径数メートルの円盤状にした「黒い太陽」も気持ちが悪い。 極彩色の蝶々の羽を熱帯地方から何十万か何百万枚か集めてそれを元にパターンを創作してパネル状にしたものなど彼のものすごいエネルギーを感じると共に偏執狂的一面も強く感じます。ガラス戸棚に多数の薬品類を並べたものとかタバコの吸い殻を同様に並べたものとか、とにかく多数のものを集めて何かを表現しようとする点も偏執狂だなと思わせます。 このブログで一度彼の作品について書いたことがありますが、その作品と類字のものは1点あり(The Anatomy of an Angel)、私は彼の作品の中ではこの手のものが理解可能なんだと思い知りました。 ![]() この作品は素材もイタリアのカラーラから入手した非常に美しい大理石であることも好ましい。写真はmetalonmetalblog より拝借しました。 動物や虫を使ったものは例えば蝶々の羽で構成したパネルは美しいし芸術的とは思いますがホルマリン漬けなどは未だに理解できません。また、蝶々でも特殊環境の部屋でさなぎと成虫の生態を生きたまま展示しているものなどユニークさは理解できるもののArtとしては受け入れることは出来ませんでした。この部屋は実際に飛んでいる蝶々を間近で見ることができるので人気があり、鑑賞者の人数を制限しているので見るときは行列しなければなりません。この展示を維持するためには生きた蝶々やさなぎを定期的に補充しなければならないでしょう。 この展覧会、彼の創作意欲やエネルギーを感じるために一見の価値はあると思います。 なお、私は写真を全く撮りませんでしたが、このサイトには多くの写真が掲載されています。
Tate Modernにて。
![]() 前衛芸術家といわれる草間彌生は1929年3月松本市生まれ、もうすぐ83歳になる人です。子供の頃からスケッチなど絵を描くことが好きだった彼女は長じて洋画と日本画を学び、松本や東京で個展を開くなどの活躍をした人ですが、日本での芸術活動に対する窮屈さを覚えて1957年に米国に渡り、シアトルで個展を開いた後ニューヨークに移動して主にそこで活動していました。 しかしパートナーの死に際して体調を崩し、1973年に帰国、以来東京をベースに創作活動を続けています。大変多作な人で、グーグルで彼女の作品を検索するとたくさんの作品が出てきますが、豊富に展示されている今回の回顧展と重複するものはほとんどありません。作品は絵画、オブジェ、インスタレーションと多彩で、それに加えて過去の写真や新聞記事、手紙のコピーなども展示されているためじっくり展観すると2時間程度はかかってしまいます。全体を通して見て多大な感銘を受けました。凄く多感な人で、また一つのものに執着する人でもありますがあらゆるものに興味を示してどんどん作品をものにしていった人という印象を受けました。ニューヨークでは乱交パーティなども開催して裸の男女にペタペタと色を塗っていくシーンは写真やヴィデオでも披露されています。 私が一番感銘したのは一部屋を全部使って構成するインスタレーションで、彼女の世界に浸れる感じがとても素敵です。今まで多くの他の芸術家のインスタレーションというものを見てきましたが一度も感心したことが無く全く理解できないジャンルの一つでありました。しかし、彼女の作品はまず美しさがあり、それに加えて彼女のメッセージに包まれる感覚に支配されるという優れた芸術作品に接したときに体験する感動を覚えるのです。冒頭の写真はその中の一つ、鏡と光によって作られた空間ですが、これは写真ではなかなか理解できないもので、実際に体験してみるしかありません。ロンドン在住の方は是非テートモダンに行ってみてください。6月5日まで開催されています。
2012年1月24日、Royal Academy of Artsにて。
David Hockney - A Bigger Picture at Royal Academy of Arts ![]() 1月21日より一般公開されている上記展覧会を見てきました。 ホックニーの展覧会は6年前に見ただけなので随分久しぶりです。その後今日に至るまで彼は精力的に作品を描いています。アメリカでも描いていたのでしょうけれど、毎年のように故郷のYorkshireに戻り、風景画をものにしてきたようです。しかもそれが大作揃いで、今回の副題にあるように思い切り大きな画面に描いています。しかも現場でイーゼルを立てて描くという力の入れようです。下の写真は実際に彼の作業姿を写真に撮ったもので、これはネットから拝借しました。 ![]() 彼は以前にもコンピュータを使って作品を仕上げ、それをプリントアウトするということもやっていますが、現在はコンピュータの代わりにiPadを使っています。その様子は会場で写真展示されていましたがあのiPadの小さな画面に実に精緻に風景を描いているのに感嘆しました。その様子をやはりネットで拾った写真でお見せします。 ![]() それを等身大と思える大きな紙にプリントアウトして何十枚も展示していましたが、美しいものです。特に気に入ったものはそこから油彩でキャンヴァスに描き直し32枚のパネルを合成して展示されていましたが、圧巻です。その絵は写真が提供されていないのでここでお見せできませんが、大きいという点では冒頭の油彩画も相当なもので、風景と色に圧倒されます。非常に印象的な絵です。これは恐らく現場でスケッチしてからスタジオで仕上げたものでしょう。大きなパネルを15枚組み合わせたものです。一枚のパネルが目の子で推量してISOのB列とするとそれは1m x 1.4mなので、この絵の大きさは縦3m、横7mということになります。先の最大のものは縦4m、横11.2mということになるでしょうか。 大きさだけでなく、絵画としての完成度も高く、多くの絵から暫く佇まなくてはいられない深い感銘を受けました。絵を見て心が高揚するのにそれらの絵に囲まれていると逆に心が安らかになります。けれども大きなエネルギーも貰えるのです。不思議な体験です。展示されている作品数が多いこともありますが一枚一枚じっくり見ることになるので、最後の作品に到達するまでに2時間半もかかりました。これは私としては近来希に見る長時間です。久しぶりに全精力を傾けて見させて貰いました。 作品の中には同じ風景を季節や時間を変えて何枚も描いたものがありますが、晩年のモネに似た心境に達しているのかも知れません。 いくつか感銘を受けた作品の写真を掲げます。すべてネットで拾ったものです。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 余談ですが、彼がゲイであることは広く知られています。その彼と親しい友人関係にあった英国下院議員のエピソードを紹介しましょう。まだ英国ではゲイが一般に認知されていないときの話ですが、その下院議員がある時、議場でゲイを攻撃する演説をぶったのです。それを聞いたホックニーが激怒し、抗議の手紙をその議員に送りつけました。「友達面していたのは何だ!この裏切り者!云々・・・」手紙を開封した秘書(私の友人)がそれをボスに見せたところ直ちに破棄するように指示されたので彼女はそれに従ったのですが、現在は大いに後悔しているそうです。指示を無視して保存しておけば大きな価値が付いたであろうにと。
2011年1月25日、Japan Foundation (海外交流基金)にて。
浮世絵は大英博物館やボストン美術館などに大量にありますが、その中には相当な数の春画も含まれていることは広く知られています。海外の浮世絵研究者の中でもその類の作品に特化して研究している人もいて、その中から今回はロンドン大学のAndrew Gerstle教授と大英博物館のTimothy Clark氏による講演がありました。 それによると、16世紀から19世紀にかけてこのように大量の春画が生産され保存されてきた例は世界でも類が無く、その背景を探ることは大変興味深い。特に有名な浮世絵師による作品群は出来がよく芸術的である。当時の日本では裕福な商家や武家の間ではこういう作品の一部を嫁入り道具の一つとして娘に持たせる風習があったという。性に関する十分な知識を与えて相手の家で恥をかかせないことなどが動機と見られる。徳川将軍家でも購入していることから、この手の作品の製造販売は禁じられていなかったと思われる。近代になってからこの手の作品は一般公開禁止になっていたが、1972年に解禁となったそう。 私は本物の浮世絵春画は大英博物館で何点か見たことがあるが、今回スライドで紹介されたいくつかの作品も含めて、まず絵自体の美しさに感嘆した。明らかにポルノグラフィーではあるが色の美しさや細部の丁寧な描写など芸術的でもある。こういうものが世界に類がないくらい充実している様は日本の文化の誇るべき点でもあると思った。しかし江戸時代にちゃんと保存されてきた作品群が西洋文化の輸入とともに疎んじられ、多くの作品が海外に流れたのは一般の浮世絵同様大変残念なことではありましょう。日本でも個人的に大量のコレクションをして守ってきた人たちもいるのですが、彼らがあるときそれらをいくつかの大学に寄付することを申し出たら受け取りを拒絶されたそうです。なんという心の狭い・・・ 最後に大英博物館のClark氏からこれらの春画を世界中から集めて大英博物館で2013年2月から6月まで特別展示をする計画が発表されました。入場は一応18歳未満お断りだそうです。Internetでは誰でも自由に見れるそうですが。まだ2年も先のことながら楽しみです。
Friedensreich Hundertwasser (1928-2000)
ヴィーンで生まれ、日本からニュージーランドへの航海中に死亡。墓は遺言によりニュージーランドにある。 絵画、版画、建築デザインなどで数多の業績を残した。フンデルトヴァッサーの絵の特徴であるスパイラル模様を多用したユニークな構図や多彩で大胆な色使いというスタイルは50年代から60年代にかけて確立され、70年代以降はかつて使ったモチーフの繰り返しをすることが多い印象ではあるがそれでも魅力的だ。日本にはしばしば来ていて木版技術に魅せられ、自分の名前を漢字で読み替えたはんこ(すなわち、姓から「百水」、名から「豊和」)を作って各版画に押印したりしている。人類と自然の調和、環境保護に心を砕き、自然との調和を重要視した住居の提案を行い、建築デザインもしている。日本でも大阪市の舞洲(まいしま)ゴミ処理場、下水処理場の設計が有名である。 昨年11月にヴィーンのKunst Haus Wien(Hundertwasser Museum)で見てからずいぶん時間が経ってしまいましたが久しぶりに(恐らく17年振り位)見て大変感動しましたのでメモを残しておきます。 93年頃に見たときは、よかったなぁという程度の感想でしたが今回は最初の部屋から絵がすっと心に入り込み、しばしば立ちつくす有様。特に下の写真に掲げた1959年制作の “Singing Steamer in Ultramarine III”はあまりにすばらしく、絵の前に置いてあった一脚の椅子に座ったまま動けませんでした。この写真は色がやや明るすぎる嫌いがありますが大体の感じはわかると思います。67x270cmという横長の大きな絵です。細部にわたるまで丁寧に描かれており、構成も精緻、眼光鋭い若き日の彼の顔を彷彿とさせるエネルギーに満ちています。色遣いも完全に私の好みで、もう参りました。 Singing Steamer in Ultramarine III ![]() 同じく50年代の“The Miracurous Draught”も275x500cmという大きな絵(壁画)ですが素敵です。そのほか枚挙にいとまがないので、ネットで入手したいくつかの写真を掲載しますが、例によって色の再現性はあまり信用できません。 The Miracurous Draught ![]() Houses_In_The_Snow_In_A_Silver_Shower ![]() Singende-Vogel-auf-einem-Baum ![]() Irinaland over the Balkans ![]() Voyeurs of the Garden ![]() 絵画だけでなく版画も多数常設展示されていて、この美術館に収められた作品たちだけでも十分な見応えがあり寒い中を、暫く振りに行く気になって本当にラッキーでした。 ロンドンに帰ってからも彼の作品が頭から離れず、現地でも画集はごく限られた種類しかなく(上記美術館常設展示品の写真集さえ無い)いろいろ調べていたら死の直後に彼の全作品がカタログ化されてコレクターアイテムとして限定発売されていることを知りました。とても高いので買えませんが、検索したらBritish Libraryにあることがわかりました(さすが大英図書館、こんな特殊な出版物まであるんですね)。早速図書館の利用登録をし閲覧しました。分厚い本2巻で構成されていて凄いペース数なので夢中でページを繰っていたら5時間も経過してしまいました。それでもすべての絵画作品目録に目を通すことは出来ませんでしたが、大体の作品変遷を理解することが出来ました。全作品のカラー写真がちゃんと存在するものの非常に多くの作品現物の所在は把握されておらず、行方不明と注記されているのにはちょっと驚きました。それだけ個人愛好家に多く販売されたのでしょう。また1990年頃にオーストリアのグラーツにある美術館から10点ぐらいが盗まれていてそれも行方不明だそうです。この本はこれからも時々お世話になると思いますが、思いついて図書館に行くと棚から閲覧室に持ってきてもらうのに1時間以上待たされることがあるらしいのが難点です。事前にネットで予約しておけば待たずに済みますが。 これからもヴィーンに行くことは少なからずあるでしょうから、さらにじっくり現物を鑑賞する楽しみが出来ました。 ![]() 現在Royal Academy of Artsで、 “The Real Van Gogh, The Artist and his Letters” という展覧会をやっているので見てきました。会期は2010年1月23日から4月18日まで。展示品は彼の書いたオリジナルの手紙が35通、絵画が65枚、素描が30枚です。 ここで知って驚いた事実は、彼が絵の修行に出てから発信した手紙の数の多さ。2000通以上だそうです。そのうち現存しているのは819通で、その90%がアムステルダムのヴァン・ゴッホ美術館にあります。恐らく書いたのと同程度の手紙を受け取っていたはずですが、引越しの度に処分してしまったらしく、現存するものは83通です。 彼が書いた手紙の大部分は弟のテオに宛てたもので、その手紙の多くには彼が仕上げた作品のスケッチも描かれており、大変ユニークです。自分の生活を支えてくれるパトロンにはこまめに日常活動の詳細をレポートするという細やかな神経の持ち主であったことが伺えます。まるで現在のサラリーマンが上司に送る仕事上のレポートのようなものだろうと、長いサラリーマン生活の経験者は感じてしまいました。 そのテオはフィンセントに遅れることたった1年でユトレヒトの精神病院で他界してしまったというのも驚きです。梅毒から来る精神病だったらしい。後年彼の墓はフィンセントと同じフランスのオーヴェル・シュル・オワーズに移されました。並んで立っている墓標の写真を見ていると言いようのない戦慄を覚えます。 ![]() この人の同名の曾孫が映画監督で、最近イスラム教徒による暗殺に遇った(2004年)のは記憶に新しい事件ですね。 絵画や素描の展示品はその手紙に説明されている作品を併置しているので、大変わかり易いです。今まで何回もゴッホ展は見てきましたので結構重複する作品もありましたが、初めて見るんじゃないかと思える作品も多く、いつものように彼の作品をたっぷり楽しむことが出来ました。何でもこの規模のゴッホ展はロンドンでは40数年振りだそうです。そうでなくてもゴッホは人気作家なので会場内はかなり混雑しています。すべての前売り券は完売だそうですが、当日窓口に並べばそれほど待たずに入場出来ます。私は2月3日に行きましたが待ち時間は20分程度でした。 写真はゴッホが友人の画家エミール・ベルナールに送った手紙と、そこに言及されている油絵です。 Letter from Vincent van Gogh to Emile Bernard. Arle 1888. ![]() Summer Evening, 1888 ![]()
2泊3日でパリへ行った。もちろんユーロスターの往復59ポンドの切符で。
失敗だったのは出発日を火曜にしたことで、水曜にすべきだった。パリの美術館はほとんど月曜休館という思い込みをしていたのだが実際は火曜休館の方が多い。現地に昼過ぎに着いていつものホテルに荷物を置いてすぐにピカソ美術館とポンピドゥーに行ったのだが、両方とも休館日でがっかり。 やけくそで暑い中を 歩き回っていたらテュイルリー公園の中の仮説遊園地が見えたので観覧車に乗ってみる。見える景色は都心からの360度なのでなかなか面白い。何周かして飽きた頃に追い出される。アイスクリーム屋が出ていて 食べたことのないマロンアイスクリームがあったのでそれを食べたがメチャおいしい。こういうのはロンドンにはないよなぁ。 公園の端っこにあるLe Jeu de Paumeに行って何か面白いものはやっていないか見たが、特に興味深いものはなし。更に西に行ってGrand PalaisとPetit Palaisを見たが夏休みに何もやるわけがない。そこからアレクサンドル3世橋を渡って左岸をカルチェ・ラタンまで歩き、昨年食べたリーゾナブルな値段でおいしいレストランを探すも見つからず、別のレストランで食す。前菜にエスカルゴ、メインはビーフのなんたらかんたら、要するにステーキにキノコ入りソースがかかったもの。カラフェ入りのハウスワイン500ccを飲む。デザートははて何だったっけ?そこからゆっくりとオスマン通り近くのホテルまで歩いて帰った。結構な距離だ。 翌日は予定通り早めにホテルを出てヴェルサイユへ。アンヴァリッドからRERで30分。片道2.95ユーロ。電車はほとんどの座席が埋め尽くされるくらいぎっしり。現地では長蛇の列を覚悟する。行ってみると昔訪問したときよりも遙かに長い列が切符売り場に。1時間半待ちだと。作戦を変えて先に庭を見ることにする(この日は無料だった)。昼食も含めてたっぷり時間を使い、今まで行ったことのない奥の方まで散歩する。暑い。途中小雨がぱらついたがそれで余計に蒸し暑くなった。昼食は軽くサラダニソワーズを。隣のテーブルのフランス人おばさんが女性ホルモンの切れた低音でのべつ幕なしに喋っていて、煩くて辟易する。3回ぐらい席を移動して騒音から逃げたが迷惑な人だ。3時過ぎに切符売り場に戻るとかなり行列は空いていたので並ぶ。それでも30分はかかった。中は以前に比べて開放されている部屋が多かったような気がする。解説のヘッドセットは入場料(13.5ユーロ)に含まれているので日本語のものを借りる。混雑でゆっくりとしか進めない。でも、これで3回目の訪問だったが今回が一番堪能できたと思う。 かなり疲れたが、電車に乗ってアンヴァリッドに着く頃には気力も回復してカンディンスキーも見に行こうという気になっていた。ポンピドゥーは23時まで開いているので時間的にも余裕があるし。6時過ぎに着いたら切符売り場も入場の方も行列なしですぐに入れた。中はかなり混雑していたが。しかし8時半頃に出たら入場制限していたし切符売り場も行列だったので、丁度タイミングよく鑑賞できたことが分かった。ラッキー! 絵はほぼ時代順に展示してあり、スタイルの変化がとてもわかりやすい。以前テートでカンディンスキー展をやったときは、抽象への道程ということで主に1910年代の作品を充実させたものだったが、そのときもそれより前のムルナウ時代の作品に強く惹かれた。それは先週バーデン・バーデンで「青騎士」展を見たときにも感じたことだが今回も再確認した。そしてその後は、ロシアを離れてバウハウスに職を見つけた時代以降の作品に魅力を感じる。1920年代は大変充実しているし、1930年代も外せない作品が何点もある。しかしそういった力の充実した作品の多くがグッゲンハイムにあることに驚く。当時のアメリカのコレクターに余程の目利きがいたに相違ない。次の写真の作品は大変充実したものだが全部グッゲンハイムが持っている。 Komposition VIII, 1923 ![]() Einige Kreise, 1926 ![]() Raye, 1934 ![]() 今まで何度も見ている作品がかなりあるものの、系統立てて展示されたものを見るのは頭の中を整理するのに役立ち、わざわざパリまで見に来た甲斐が非常にあったというわけではないがまあ良しとすべしだろう。 ポンピドゥーを出た頃には強く空腹を感じていたので周辺で適当なレストランに入ろうと思っていろいろの店のメニューや雰囲気を見て回るが、どうもいまいち入ろうと思わせるような店がない。さんざん歩き回った挙げ句シテ島を経て結局また左岸に渡り、エスニック料理店がごちゃごちゃある通りの伝統フランス料理店に入る。3コースメニューを15ユーロで提供する格安店だ。また前菜にエスカルゴ、メインにランプステーキ、デザートにアイスクリームという平凡な組み合わせを赤ワイン500ccで平らげる。昨日より少し落ちる味だが勘定は半分で済んだ。 今日は足はかなり疲れていたのでホテルまではメトロに乗って帰った。 3日目は朝ゆっくり目に起き、ホテルに荷物を預けてピカソ美術館へ。空は真っ青で非常に暑い。ここは以前も来たことがあるのだが展示品にはそれほど感激した覚えがない。その後充実させたのかどうか知らないが、今回はまあ楽しめた。以前言及したことのあるマチスの絵もちゃんと飾られていた。 見終わった後はロンドン行きの列車までまだかなり時間があったのでウインドウショッピングをしながら南下してセーヌ川沿いを散歩した。聞いていた通り川沿いに砂場が用意されていて市民が日光浴を楽しんでいたが旅行者にとって別に面白いものでもない。それより、強い日差しが暑くてたまらない。退散してまた市中に戻り、静かなカフェを探してビールを注文。500ccだったからロンドン流で言えば1パイント足らず。ゆっくりと味わって勘定を頼んでびっくりした。これが8.2ユーロだと!ぼったくりだ。ビール一杯とはいえ事前に値段をチェックするべきだった。不愉快な思いをしてしまった。16時13分発の電車は順調にセントパンクラスに到着。あれだけ晴れていた空はドーヴァーのトンネルを抜けたら曇り空になっていた。案の定ロンドンは雨だった。パリ北駅で買ったバゲットサンドを車中で食べたがこれとてセントパンクラスのPaulで買った同様のサンドより高い。味は同程度で、それほど旨いものではないが。
ヴィーン滞在中にベルヴェデーレ下宮でミュシャ展を開催していました。昔から好ましいと感じていた画家なので早速入場しました。ポスターはもちろん、挿絵や装丁、工芸品、ステンドグラスから教会や市庁舎のために描いた大きな油絵など多岐に渡る作品が展示されています。一通り見て、やはりポスターが一番魅力的だと思いました。一枚のポスターに描かれた魅力的な女性像を見ているだけで様々な妄想が頭の中を駆けめぐり暫し別世界にワープするような感覚に襲われます。それぞれ表情や意味深な背景などが丁寧に描かれていて飽きないですね。
1860年にモラヴィアで生まれ、1939年にナチスに逮捕されたことがきっかけでプラハで死亡。美術はミュンヘンとパリで学んだ。パリでサラ・ベルナールのポスターを手がけることで成功し、1910年にはプラハに帰って民族主義的な油彩作品を多く制作したが、この時期もポスターを沢山描いている。下の写真は、モラヴィア教師合唱団のコンサート用ポスターで、今回展示してあった中で一番気に入りました。絵の下の余白にはコンサートの日付や曲目が書いてあるのですが、写真ではカットされています。 Moravian Teachers' Choir (1911) ![]() Alfons Mucha 12.2 – 1.6.2009 Unteres Belvedere
Tate Modernで昨秋から開催中のものを見てきました。展示の趣旨をよく読まずにとにかくもうすぐ終了するので雨が降って無くて寒くない日を選んで見に行ったのですが、画業を概観するものではなく、次のようにちょっと特殊な集め方をした感じです。
(1)ニューヨークのシーグラムビルにあるレストラン四季のために描かれた壁画大作を15点集めたもの(制作年は1958年と1959年) (2)Black on Blackシリーズ (1964年) (3)Brown and Grayシリーズ (1964年) (4)Black on Grayシリーズ (1969、1970年) (5)その他数点(1958、1964年) レストラン用は30点ぐらい制作されたようですが、結局レストランに展示されることなく、各地の美術館に寄贈されたとのことです。その中の9点がテートにあり、7点が佐倉市の川村美術館にあります(これは寄贈じゃないそうです)。今回は川村美術館から5点が(なぜ全部来ないのか不思議ですが)、ワシントン・ナショナル・ギャラリーから1点が貸し出されてテート分と合わせて合計15点が展示されています。ただ、それぞれが大作なだけに15点を全て展示できるだけの部屋が無く、一番大きい部屋に14点を掛け、残り1点は隣の部屋に掛けてあります。部屋には何人かの人たちがじっと座って絵が支配する空間を楽しんでいる様子ですが、私も何ともいえないこの雰囲気に魅せられて、じっと座っていたり、あるいは一枚一枚の大きな絵の前に佇んでみたりと随分時間を費やしました。最後は「閉館ですから」という係員の要請で渋々出ていきましたが、時間さえあればいつまでもいたい空間でした。何を描いたか分からないこれらの絵なのになぜこんなにほっとする気持ちになれるのでしょう。以前テートにあったロスコルームで感じたのとはまた違って今回の方がよりコージーな感覚にとらわれたのは明らかに川村美術館などの作品群が加わったせいでしょう。 今回数十点の作品を見て感じたのはロスコが色の創出に凄くこだわっていたということで、暗い色調の色の組み合わせをじっくり観察すると、各色自体が重要な意味を持ち、更にそれぞれのの微妙なニュアンスの違いで何か複雑なメッセージを発信していることに気付きます。その色は練りに練って作り出されたもののようで、美術館側も赤外線など科学的手法を駆使してロスコがどういう風にこの色を作り出したかを解説したコーナーを設けています。とにかくキャンヴァスの前に立つと各色と組み合わせの両方に魅せられて佇んでしまいます。例えば次の絵など。 Untitled 1964, Collection of Kate Rothko Prizel ![]() Brown and Grayシリーズではそれぞれの色の塗り方がややラフで、また作品によってBrownもGrayも色合いが違い、それがまたこちらの想像力を掻き立てるので、絵の前にいる時間が長くなってしまいます。例えば次の絵。 Untitled (Brown and Gray) 1969, National Gallery of Art, Washington ![]() Black on Grayシリーズも然りで、各作品でGrayの色合いがかなり異なっているし、Grayの塗り方にも変化があって面白いです。例えば次の絵など。 Untitled 1969, Collection of Christopher Rothko ![]() 色に関する発見もあったし充実した時間でした。暇があればもう一度見に行こうかという気になっています。ロスコもあまり人気がないのか、昨年秋の開幕時のことは知りませんが、今回の会場はガラガラで、じっくりと見て回れました。観客数は先日のベーコン展の方が多かったと思います。 Mark Rothko Tate Modern 26.09.2008 – 1.02.2009 なお、終了後はテートの所有分はお返しに川村美術館に貸し出され、2月21日から6月7日まで「マーク・ロスコ 瞑想する絵画」という題で公開されるそうです。アメリカなどから出品された分もそこに展示されるのかどうかは分かりませんが。 ということで、テートでロスコが再び見られるのは早くとも7月以降ということになります。
Francis Bacon
11 September 08 - 4 January 09 Tate Britain テートブリテンでやっていたフランシス・ベーコンの回顧展を終了する前に見に行った。元々この人の画風は嫌いなのだが、高値で取引されているということは何らかの魅力があるに違いないのでそれを見極めようというわけだ。美術館側はイギリスの画家として扱っているのだが彼はアイルランド人。生まれたときはしかしアイルランドはイギリスの植民地だったのでイギリス人扱いとなっているようだ。日本でも朝鮮を併合したあとはオリンピックなどで活躍した朝鮮人選手を日本人扱いしているから都合のいいように解釈するのだろう。 それはともかく、かなりの点数が展示されている絵画を時代順に見ていくとやはりインパクトはあった。彼がゲイであったことも初めて知った。グロな絵画はある表現を突き詰めていくとそうなるということも理解できた。また、ゴッホの戦争で破壊された絵画「The Artist on his Way to Tarascon」に基づく一連の絵画を見るとこの人の色彩感覚にはかなり惹かれる。 Figures in a Landscape 1956 ![]() ということで、毛嫌いしていた画家もちょっとは親しみを憶える存在にはなったので見に行ってよかった。昔(70年代か80年代)東京のデパートで何かいい絵はないかと見て回っていたら係の人からベーコンなんていかがでしょう?と勧められたことがある。そのときの絵が例のグロな感じのもので直ちに却下したが、もし買っていたら今頃はかなり値が上がっていたに違いない。当方は投資で絵を買うという発想はなかったので所詮縁がなかったわけだが。 < 前のページ次のページ >
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ロンドンに在住です。オペラ、バレー、コンサート、美術展などで体験した感動の記憶を記事にし、同好の方と意見を交わしたいと思っています。最新の記事はもちろん、過去の記事でもコメントは大歓迎です。メールはここにお願いします。 検索
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