ヴェルディのオペラStiffelioは重唱の妙

2007年5月2日、ROHにて。

STIFFELIO: Opera in three acts
Music: Giuseppe Verdi
Libretto: Francesco Maria Piave after the play Le Pasteur, ou L'Evangile et le fOyer by Emile Souvestre and Eugene Bourgeois

Conductor: Mark Elder
Director: Elijah Moshinsky
Set Designs: Michael Yeargan
Costume Designs Peter J. Hall
Lighting: Paul Pyant
Fight Director: William Hobbs
The Royal Opera Chorus
Chorus Director: Renato Balsadonna
The Orchestra of the Royal Opera House
Concert Master: Vasko Vassilev

Jorg: Alastair Miles
Stiffelio: José Cura
Stankar: Roberto Frontali
Dorotea: Liora Grodnikaite
Raffaele di Leuthold: Reinaldo Macias
Pederico di Prengel: Nikola Matišić
Lina: Sondra Radvanovsky

このオペラが1850年にトリエステで初演されたときは大失敗で、ヴェルディは譜面を破棄し、中身をAroldoというオペラに転用したらしい。しかし破棄された譜のコピーが1960年代に発見されて現代によみがえったのである。世界中でどれだけ公演されたのかは不明だが、ROHでは1993年にホセ・カレーラス主演で初めて上演されてそれがDVDにもなっている。そのときのモシンスキーの演出がそのまま今回も上演されたのだが、今日で17回目の公演という。

全く中身を知らないオペラだったので、そのDVDで予習して臨みました。
あらすじ
19世紀半ばのオーストリアでプロテスタントの牧師として宣教活動から久し振りに帰宅したスティッフェリオは妻の指に結婚指輪がないのを発見して挙動に不審を抱き、問い詰める。父親も娘の不貞を非常に悩み、娘に表沙汰にしないよう注意すると共に、浮気相手のラファエレを見いだして決闘を申し込む。教会の墓地でのチャンバラの最中にスティッフェリオが駆けつけて止める。しかしそこで父親から真実を聞かされ失神するくらいのショックを受ける。離婚を決意した彼はリーナに離婚届にサインをさせるも、そのときに父親がラファエレを刺殺してしまい、リーナをラファエレと一緒にさせようとする目論見は消える。スティッフェリオが教会でのミサの最中に聖書の不義をした女性を処刑したいとする群衆にキリストが説教をする場面を朗読して、「彼女は立ち上がり、そして許される」という言葉を付け加える。リーナは立ち上がりスティッフェリオの前で泣き崩れて幕。


音楽的には結構よくできていると思います。登場人物たちによる、ソロや重唱のアリアはなかなか聴き応えがあります。二重唱から六重唱まで様々な重唱が散りばめられ、各自が勝手な台詞で歌ってちゃんとハーモニーになっているところなどさすがヴェルディと思いました。初演の失敗は歌手が悪かったか、あるいはリブレットが気に入らなかったかでしょう。カレーラスもこういう状況で妻を許すなど自分じゃ考えられないよ、とコメントしていたそうです。

さて、ホセ・クーラですがなかなかよかったと思います。カレーラスがかなり明るめの声質だったのに比べ、クーラのやや暗めの声質はこのドラマにはよりふさわしいと思いました。スティッフェリオの妻リーナを歌ったラドヴァノフスキーは昨年5月のシラノ・ド・ベルジュラックで好演し印象深かった人ですが、今回は結構ビブラートが目立ち非常に感心というわけにはいきませんでした。しかし歌が上手く、気持ちよく聴けます。リーナの父親であるスタンカーを歌ったロベルト・フロンターリは迫力あるバリトンでこの役柄にはぴったりでした。リーナの浮気の相手ラファエレを歌ったレイナルド・マシアスはまあまあのテノールです。バスのアラステア・マイルズは今回も余り好調ではなく、声の深み不足です。昨年は結構感心させられた人なのですが。
全般に声が出すぎていると感じる場面があり(特に第3幕)、またもやマイク使用の疑いを持ちました。クーラは昨年12月にヴィーンで聴いたドン・カルロではこんなに声が出ていなかったし、もともと非常に声量がある人ではないし。

演出ですが、各自の心理的葛藤を描出しようとした意図はよく実現されていると思います。モシンスキーはなぜかオーストリアでなしに場面をアメリカに設定したらしいです。オーストリアであればこそプロテスタントが迫害を受けたことが理解できるのになぜ?とは思いましたが。舞台装置は全く違和感はありません。
写真は左からマティシック、クーラ、ラドヴァノフスキー、エルダー、フロンターリです。
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by dognorah | 2007-05-04 21:28 | オペラ
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