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ベルリオーズのオペラ「トロイ人」

11月1日、パリオペラ座(バスティーユ)にて。
Hector Berlioz: LES TROYENS (1863)
Opera en cinq actes et neuf tableaux
Livret: d’Hector Berlioz d’après L’Enéide de Virgile
初演:1863年パリ(第2部のみ)、1890年カールスルーエ(完全版)

キャスト
Direction musicale:Sylvain Cambreling
Mise en scène, décors, costumes et lumières:Herbert Wernicke
réalisés par Tine Buyse (mise en scène), Joachim Janner (décors), Dorothea Nicolai (costumes), OlafWinter (lumières)
Dramaturgie:Xavier Zuber
Chef des Chœurs:Peter Burian
Orchestre et Chœurs de l'Opéra national de Paris
Maitrise des Hauts-de-Seine / Chœur d'enfants de l'Opéra national de Paris

出演
LA PRISE DE TROIE(第1部:トロイの占領)
Cassandre:Deborah Polaski
Ascagne:Gaële Le Roi
Hécube:Anne Salvan
Enée:Jon Villars
Chorèbe:Franck Ferrari
Panthée:Nicolas Testé
Le fantôme d'Hector:Philippe Fourcade
Priam:Nikolai Didenko
Un capitaine grec:Frédéric Caton
Helenus:Bernard Richter
Andromaque:Dorte Lyssewski
Polyxène:Carole Noizet

LES TROYENS A CARTHAGE(第2部:カルタゴのトロイ人)
Didon:Deborah Polaski
Anna:Elena Zaremba
Ascagne:Gaële Le Roi
Enée:Jon Villars
Iopas:Eric Cutler
Hylas:Bernard Richter
Narbal:Kwangchul Youn
Panthée / Mercure:Nicolas Testé
Deux capitaines troyens:Nikolai Didenko, Frédéric Caton
Le fantôme de Cassandre:Anne Salvan
Le fantôme de Chorèbe:Franck Ferrari
Le fantôme d'Hector:Philippe Fourcade
Le fantôme de Priam:Nikolai Didenko

初めて見るオペラで、フランス語の歌詞で字幕はフランス語しか出ないし、しかもとても長大な物語なので予習をしていきました。幸いなことにザルツブルグで2000年に上演されたもののDVDが手持ちのコレクションの中にありました。演出、指揮、主演が同じ人達なのでこれ以上のものはありません。パリの公演はそれを再現したものですから。

第1部のあらすじ
トロイがギリシャ軍の攻撃を受けて滅亡する様を描いています。ポラスキーが演じる預言者が何度も警告したにも拘らず王も民衆も彼女を信じず、破壊せよというアドヴァイスも退けて街に木馬を引き入れてしまいます。彼女を含めて女性たちは陵辱を恐れて自殺しますが、Enéeをリーダーとする一部の軍人たちは生き残り、Hectorの亡霊の指示でイタリアへ行って新たな国興しを計るために船で脱出します。

第2部のあらすじ
カルタゴはDidonという女王によって治められていて、そこにトロイ人たちが漂着し、しばらく休ませてもらいます。ところがその頃カルタゴはアフリカの隣国ヌミビアと戦争状態にあり、丁度ヌミビアが大軍を率いて攻撃を仕掛けてきました。トロイ人たちは恩返しとばかりにカルタゴに協力してヌミビアを撃退します。その過程でDidonとEnéeは恋仲になります。しかし、Hectorの亡霊が当初の目的どおりイタリアに行くように天から声を降らせるし、部下たちも早くイタリアへ行こうとせかせるので彼は断腸の思いで出航してしまいます。Didonは、恩をあだで返したとばかりに激怒しますがどうしようもなく、絶望の果てにイタリアを呪いながら自殺します。

演出
舞台は半円状の白い壁が全面に立てられ、奥の一部が2メートルくらいの幅で切り取られています。この壁は最初から最後まで同じ。床も白く、奥から前面に向かって少し傾斜しています。また右奥から左前面にかけて亀裂が入っています。亀裂の右側の床が時に応じて水平になって左側の床との間にギャップが出来るようになっています。奥の壁の隙間からは、茶色の土に翼をもがれたジェット戦闘機が突き刺さっていたり、巨大な木馬が移動して行ったり、第2部では海が見えます。この海はザルツブルグでは寄せては返す波の様子がうまく作られていたのにパリでは海なのか階段なのかよくわからない出来の悪さでした。

服装はかなり現代的で、トロイ人は全て赤い手袋、ギリシャ人は黒い手袋、カルタゴ人は青い手袋をして、帰属を明確にしています。ちなみに恋をしているEnéeは青い手袋をして心はカルタゴ人になっています。武器は自動小銃です。しかし意外と違和感がありません。バランスがいいからでしょう。全幕を通してよく出来た演出と思います。

演出、舞台装置、衣装および照明を全て一人でこなしたHerbert Wernickeは、残念ながら2002年に亡くなったということで、今回はそれを踏襲しながら4人の方々が分担して実現したようです。そのために今回の舞台は細部でDVDのものとは異なっています。例えば、第4幕でDidonとEnéeが森の中をさまよいながら急激に親密になっていくシーンはザルツブルグでは周りの壁に木々のシルエットを映しながら時折強い閃光で舞台を照らし、両端からゆっくり手を差し伸べながら近づく二人を美しく劇的に盛り上げていますが、今回の舞台では木々のシルエットの代わりにイラク爆撃を思わせる破壊と炎上のヴィデオを周りの壁全面に投射しています。ヌミビアとの戦闘状態を現わそうとしたのでしょうが、オリジナルの演出家が生きていたら果たして許したかどうか疑問です。

この場面に続いて宮殿のソファーで二人はさらに愛の交歓を歌いますが、音楽と共にワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」そっくりと思われるような官能的な美しさです。ワーグナーが「トリスタンとイゾルデ」を作曲したのは1865年。彼が1863年にパリに居てこの初演を見た可能性もありますね。あまりにも雰囲気が似ているのでワーグナーが影響を受けた気がします。

歌手
今回の出演者は多分全員初めて聴く歌手たちです。名前もポラスキーを知っているだけです。彼女はDVDでリセウで上演されたブリュンヒルデと上記トロイ人のものの2種類を聴いたことがあります。最初に舞台に出てきた彼女を見て、顔はあまり変わらないのに体は少し痩せたと思いました。声はDVDのものとほとんど変わらず、立派な声でした。Casandre役の歌はちょっと最初ビブラートがかかった声でしたがだんだんよくなっていったように思います。しかし彼女の立ち姿と声は気品があり、カルタゴの女王役にはほんとにぴったりです。この声で一度イゾルデを聴いてみたいものです。ヴィーンに行くしかないか。
相手役のJon Villersも最高ではないにしてもまあまあ。Annaを歌ったElena Zarembaは演技が上手くないものの、歌はかなり上手で声もいいです。Iopasを歌ったEric CutlerとHylas役のBernard Richterの二人のテノールもかなりよかった。Narbal役の韓国人でしょうかKwangchul Younはちょっとパンチがなかった気がします。これはDVDのRobert Lloydがすばらしい。

管弦楽
Cambrelingの指揮する音楽は文句なし。合唱も迫力があってよくまとまっていました。

6時から始まって終了が11時半という長丁場でしたが、当初の心配を吹き飛ばして十分楽しめたし感動もしました。ベルリオーズはこの一大叙事詩をよくオペラにしたものです。いい音楽だし、もっと上演されてもいいのじゃないかと思います。
会場には和服姿を数人含む10人の日本人女性の団体がいました。話しかけてみると、日本からの観光客で、特にオペラが好きというわけじゃないので予習もしてこない人が多数。さっぱりわからないというのであらすじを説明してあげたら感謝されました。次の予定の関係で2回目のインターヴァル時に退出されるとのこと。2階のバルコニーの端でしたが最前列でしたので、最終幕はそこに移動して鑑賞させてもらいましたがポラスキーの顔がよりクリアに見えました。やはり6年前のDVDに比べると少し皺が増えているものの、気品はそのままですね。

写真は、左からJon Villers, Sylvain Cambreling, Deborah Polaski, Elena Zaremba, Eric Cutlerです。指揮者のカンブルランは意外に小男ですね。
ベルリオーズのオペラ「トロイ人」_c0057725_1024398.jpg

by dognorah | 2006-11-08 10:03 | オペラ | Comments(11)
Commented by おさかな♪ at 2006-11-08 14:41 x
わぁ~、パリにもいらっしゃったのですね☆
パリのオペラ座は憧れです!
以前、新聞の全面広告でオペラ座が写っていたものを、壁にはっていました♪
Commented by dognorah at 2006-11-08 21:18
おさかな♪ さんのヴァイオリン生活はとみに充実という感じですね。
パリにオペラを見に行くのは今年これで3回目ですが、今他の都市にも目を向けて、少しずつ網羅して行こうと思っています。
Commented by Orfeo at 2006-11-09 09:16 x
dognorahさん、こんにちは。そして、お疲れ様でした。
2000年度のザルツブルク音楽祭でヴェルニケの明解な演出で高く評価されたプロダクションですね。いいなあ、生鑑賞!(笑)
Commented by 助六 at 2006-11-09 09:46 x
ベルリオーズは、個人的にはどうもピンと来ない作曲家の一人で「トロイ人」もパリでは近年で90年バスティーユ、03年シャトレに続く3つ目のプロダクションですから、「またか、長いな」とか思いながら出かけました。前2回も全く退屈はせずに聴きましたが、今回は数日間この音楽が耳から離れない程度に強い印象を受けました。聴取後しばらく経った今では、多くの仏論者が強調するように傑作かもと思い始めてます。ほんと、「一大叙事詩」を聴いた感動と言うか、やっぱり見れてよかったですね。
ベルリオーズは典型的ロマン派音楽家とされるけれど、彼のロマン主義は、グリュック、スポンティーニ、ルシュウールらの壮麗かつ格式ばったネオ・クラシシスム(硬直感の強い朗唱や大合唱)の直系であると同時に、それを否定的に変容したところに出来たものだななどと考えながら聴きました。題材も古典叙事詩だし、音楽語法も、意外に単調で古典的な和声法と、多方向に炸裂するようなリズム・旋律法およびそれを増幅する管弦楽法のズレが生み出していくエネルギーの強烈さとでも言いますか。
Commented by 助六 at 2006-11-09 09:51 x
カンブルランとオケ、ブリアン(ヴィーン国立歌劇場からパリに移った墺人合唱指揮者)と合唱団の関係はよくないと聞きますが、言われなければそんなことは全く気付かないくらい壮麗な出来でしたよね。カンブルランはザルツでも独墺紙が絶賛してましたが、03年シャトレのガーディナー/EBSは、ピリオド楽器の音色とフレージングをフルに活用して、古典主義もロマン主義もベルリオーズの一貫した個性の内に包容してしまうような熱演で、カンブルランの上を行っていたように思いました。ガーディナーのキャリアの頂点になるのではと思っています。
今回は私の気付いた限りでは、3幕の行列の一部と4幕のバレエはカットされてましたが、ガーディナーのは1幕シオンの場(挿入する必然性があるか疑問で、03年新校訂版でも補遺)カット以外は完全全曲だったと思います。
歌手はパワーでは今回が上ですが、シャトレのアントナッチ(間違いなく彼女のキャリアの頂点!)、グレアム、クンデの方が仏語音律と様式感では上だったと思います。
Commented by 助六 at 2006-11-09 09:56 x
初日の新聞評は揃って6年前のザルツと比べたポラスキとヴィラーズの衰えを指摘してましたが、私が聴いた時は、ポラスキはヴィブラートは若干拡がったものの、全体としては耳障りではなく寧ろ好調と思え、今まで感じたことがなかったピアノの柔軟ささえありました。私も少しスマートになられたかなぁと感じました!ヴィラーズも充分健闘の域と思いました。私はユンに感心しました。声の立派さに加え、リンデンのヴァーグナー歌手のイメージだけど、様式感も確か仏語も一番解るくらいで、韓国人歌手はすごいなと。
ヴェルニッケは、歴史=政治と個人の対峙みたいなテーマでは、ドラマ処理に際立った腕の冴えを示す人という印象ですが、そうした視点で行われた彼の仕事の中では、ボリスやマイスタージンガーほどの面白さはないように思いました。
Commented by 助六 at 2006-11-09 09:58 x
舞台装置はベルリオーズの作品世界によく対応して成功してると思いますが、それ以上のドラマ運びのメリハリは彼としてはいかにも平板。ただ舞台装置家出身のピッツィとココスだけでなく、ヴェルニッケでもこう装飾的舞台になってしまう理由は、ネオ・クラシシスムの枠組みを強く残すベルリオーズの音楽にもあるような気もしてきました。演出について、仏紙評はザルツでは賛否半ばでしたが、今回は大体肯定的ですね。それにしても4幕の爆撃映像がザルツではないというのには驚きました。ヴェルニッケならいかにもやりそうなことなので、当然彼の考えと思ってました。6年前じゃ忘れるし、DVDで予習する余裕もないだろうから、批評が指摘してくれてないのは仕方ないかな。お陰様で利口になりました。
2階バルコン端の1列目は、中央部よりはるかに舞台に近いし、音は一番良いくらいと思います。
駄弁長くなり、すみません。
Commented by dognorah at 2006-11-09 23:49
Orfeoさんのシャトレー版DVD評はとても参考になりました。助六さんのコメントでも言及されていますがアントナッチがすばらしいのですね。
Commented by dognorah at 2006-11-10 00:18
助六さん、詳しいコメントをありがとうございます。さすがに既に3回体験されているんですね。過去の分は助六さんのコメントに上記OrfeoさんのDVD評、ならびにきのけんさんのそれに対するコメントと組み合わせて読みましたが興味深いものがあります。
舞台を見るのに夢中になってベルリオーズ音楽の様式についてはなかなか思いも馳せることが出来ませんでしたが、コメントは大変参考になります。カンブルランとオケが不仲とは知りませんでしたが、合唱も含めてすばらしい演奏でした。彼の指揮はボッカネグラでもいい印象がありますので私の信頼度はかなり高いです。
ガーディナーのものは4幕にバレーも入っていたのですか。ザルツのDVDでも入っていないので、これはヴェルニッケが最初からカットしたようです。舞台装置も演出も私にはとてもわかりやすく、初めて見る身には助かりました。バルコンの張り出した最前列は見やすくていいですね。私は一番中央寄りの席を占めましたが人気がありそうで普段はなかなか買えないでしょうね。
Commented by ann at 2006-11-15 09:15 x
はじめまして。10月にプレミエを見ました。かなり空席が目立ったのを、残念に思ったものです。私もザルツのビデオを持っていたので(日本ではBSで放映した)これで予習をしましたが、ご指摘のとおり、少々演出が変更になっていたのに、ビックリしました。ポラスキは、メトの日本公演でドミンゴとワーグナーを共演したときに、素晴らしかったので、彼女めあてでしたが、裏切られずでした。このオペラは予習は必須で、オペラが初めての観光ミーハーには無理だと思います。
Commented by dognorah at 2006-11-15 09:50
annさん、はじめまして。ようこそ。
私が見たのは2階のバルコンでしたが、ほとんど空席はありませんでした。
ザルツブルグの公演はNHKもお金を出しているので日本では必ず放送されるのが羨ましいです。
ポラスキーは衰えたと言われているもののやはりすばらしかったですよね。1月にヴィーンでイゾルデを歌うので行くことにしました。
どんなオペラでも初めての場合は予習なしでは楽しさ半減でしょうからもったいないですよね。
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