6月12日、バービカンホールにて。
これを書いている本日は急に涼しくなりましたが、この12日は先週から続いている真夏がピークに達しそうな勢いでした。何でこんな暑いときに連日コンサートなんだー、と愚痴ってみても切符を買ったのは寒い時期。バービカンホールは冷房がよく効くのでシャツ一枚で通すわけには行かず、上着は必須です。ロンドンの南の端に住む私は北の端にあるバービカンまでBR (British Rail)、地下鉄、バスの3種類を乗り継ぐことになるのですが、冷房があるのはBRだけです(それがまたシンガポールの地下鉄みたいによく効くのです)。コンサート通いも楽ではありませんね。 マッティラはフィンランドのソプラノで1983年にカーディフの声楽コンクールで優勝してから世界の桧舞台に登場し、いまや引っ張りだこのヴェテランソプラノです。1960年生まれなのでまだ46歳、現代の歌手の寿命から言えばまだまだ活躍するでしょう。 私は、ロイヤルオペラの舞台で2004年6月の「アラベラ」のタイトルロールと2005年4月の「仮面舞踏会」のアメリアを聴いて大感動し、すっかりファンになってしまいました。 彼女自身カーディフで優勝したこともあってイギリスは好きなようです。会場にはとても熱心なファンがいて、舞台に登場するだけでブラボーが飛び交います。しかしルネ・フレミングやチェチリア・バルトリのようには満席になりません。やはり彼らに比べて地味な存在なのか、あるいはレパートリーがドラマティックソプラノであることが響いているのか。でも人気アーティストとは聴衆の層が全く違うみたいで、本当に音楽を愛する人たちが集まっている感じです。昨日のラン・ランでは演奏前後はカメラのフラッシュの嵐だったのですが今日は一人もいません(こっそり撮ったのは私ぐらいかも)。 出演 ソプラノ:Karita Mattila ピアノ:Martin Katz プログラム ・Samuel Barber (1910-1981) Hermit Songs, Op.29 ・Eight Finnish Songs Toibo Kuula (1883-1918) Aamulaulu, Op.2-3 Syystunnelma, Op.2-1 Erkki Melartin (1875-1937) Mirjamin laulu I, Op.4-3 Mirjamin laulu I, Op.4-3 Oskar Merikanto (1868-1924) Soi vienosti murheeni soitto, Op.36-3 Kun päaiva paistaa, Op24-1 Leevi Madetoja (1887-1947) Luulit, ma katselin sua, Op68-3 Tule kanssani, Op.9-3 ・Hugo Wolf (1860-1903) Six Lieder from the Spanisches Liederbuch ・Enrique Granados (1867-1916) La maja y el ruiseñor ・Joaquín Turina (1882-1949) Poema en forma de canciones, Op19 前半はまずイギリスの作曲家を取り上げ、次いで母国の歌を披露する、というのはよく考えられた順番ですね。後半は主テーマをスペインにしてヴォルフと二人のスペインの作曲家というのも凝っています。 こういった歌曲のことはあまりよく位置づけがわかりませんが、彼女の歌唱には圧倒されました。豊かな声量と厚みがありながらもどんな高音でも苦もなく出てしまう美しい声。微妙なニュアンス表現で要求される弱音での音程の確かさも非の打ち所なし。 私は特に前半のフィンランドの4人の作曲家の歌にとても惹かれました。彼女の歌もさすがに母国のものに対する完全な自信が伺えて、乗りに乗っている感じでした。 前半は真っ白のドレス、後半は薄いブルーのドレスで服装にも凝る人です。彼女は背の高い人だけどピアニストは背の低い人で彼女の肩辺りまでしかありません。各作曲家の曲が終わるたびに二人で抱き合いますが、いつも彼女は彼の頭にキスしていました。デブのソプラノが横行している中、彼女、この歳になってもよくシェイプを保っているのは立派なものです。 よくしゃべる人で何かにつけて聴衆に冗談を言って笑わせます。そして全ての人が驚いたことに、アンコールの段になって「つらいから靴を脱がせて貰うわ」といって裸足になったのでした!(下の写真)そして裸足のまま楽屋とステージを往復してアンコ-ルを2曲歌ったのです。ハイヒールがよほど足に合っていなかったのか。しかしくだけた人です。 アンコールこそオペラのアリアだろうと思っていたけれど、残念ながら2曲とも歌曲でした。更なる拍手を静止して「もう終わりよ」とミュージカル「ウエストサイドストーリー」の有名な曲Tonightの歌詞を変えて、Good night~Good night~と歌いながら楽屋へ引っ込みました。その歌が絶品といえるすばらしさ! 来年3月にロイヤルオペラでフィデリオを歌いますが、それまではロンドンでの予定がないのが残念。 なお、今回のコンサートの模様はBBC Radio3によって録音され、7月2日のSunday Galaというプログラムで放送されるそうです。ネットでも聴けるはずです。
by dognorah
| 2006-06-14 22:06
| コンサート
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Comments(15)
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守屋
at 2006-06-15 06:42
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3年位前にもバービカンでリサイタルがありました。そのときも後半は裸足になりましたから、靴が嫌いなのかもしれませんよ。15ヶ月も前にチケットを取ってとても楽しみにしていたんですが、どうしてもいけなくなってしまって、友人に譲りました。友人曰く、「こんな素晴らしいソプラノ歌手を今日まで知らなかったなんて」、とのことでした。
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マッティラと言うソプラノ歌手は聴いたことがありませんでした。でもそんなに素晴らしい方なら、是非聴いてみたいです。私はどうもソプラノ歌手には感動しにくい性質のようで、バーバラ・ボニにはがっかりし、バーバラ・ヘンドリックスではアンコールに歌った黒人霊歌だけが琴線に触れた、という有様。マッティラさん、だから聴いてみたいです。
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Bowles
at 2006-06-15 09:35
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さすがのマッティラでもそのプログラムではバービカンが満員になりませんか...。マッティラは、とくにファンでCDを買う、というほどの歌手ではないのですが、けっこういつも好感を持って聴いています。今月の末はパリでレオノーレを歌うので、ミンコのついでに聴きに行こうと予定していましたが、諸般の事情で行けなくなってしまいました。バーバー(米国人)のハーミット・ソングは曲自体が好きなので、放送を楽しみにします。彼女のヴォルフ、ちょっと想像がつかない...。
裸足といえば、リッチャレッリ。彼女、例の長すぎるアンコールはいつもハイヒールを脱いでしまっていました。女王様はピアニストに靴を捧げもたせて退場。またドゥセ、コンサートでルチアを歌う時は、登場した時点から役になりきって、裸足でした。
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dognorah at 2006-06-15 18:49
守屋さんはずいぶん前からこの人には注目されていたんですね。そのときの方が裸足の時間が長かったとは・・・ほんとに靴が嫌いなんですね。
今回は残念でしたね。
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dognorah at 2006-06-15 18:58
sottovoceさん、Bowlesさんのコメントにありますように、今月末からシャトレーで上演される「フィデリオ」に彼女は出演しますよ。
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dognorah at 2006-06-15 19:05
Bowlesさん、ちょっとプログラムは地味すぎですよね?正直なところもう少し馴染のものも混ぜて欲しかったと思いました。
しかしシャトレーのフィデリオは豪華メンバーですね。彼女のほかにヘップナーやサルミネンまで出るんですから。それが見れなくなったとは残念ですね。 裸足になるのはマッティラだけじゃないんですね。私は初めて見たのでめったにないことだと思ってしまいました。
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ja8cte at 2006-06-15 22:05
tsunamiコンサートに出ていましたね!
実は予習したボッカネグラに彼女が出ていました。目立たない存在かもしれませんが、実に好感のもてるソプラノではないかと思います。
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湯葉
at 2006-06-15 22:09
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dognorah さん、お久しぶりです! 青髭候。。のコメントを書くのに手間取っている間に dognorah さんはいくつものイベントをこなされて、しかも造詣の深いレビュ-を書いていらして感心するばかりです。
私はこのリサイタルには行けなかったのですが、マッティラは好きなソプラノの一人です。 来シ-ズンのrohのフィデリオの写真を見た時にはビックリしましたが、dognorahさんの写真では、スリムでお色気もありですね。 かなりくだけた人という印象を持たれたようですが、私も、ドンカルロスのエリザベッタ役とかロ-エングリンのエルザ役の時にも、ベッタリすわりこんで喜怒哀楽を表していたのがとても印象的で、この素直な表現の仕方がとても役にふさわしかく感じられ、それ以来ファンになったかもしれません。
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dognorah at 2006-06-16 03:13
ご~けんさん、そうなんですよ。しかしあの映像はなぜかすごく老けて見えるんですよね。今回は若々しかったです。
ご覧になったボッカネグラの映像はひょっとしてアバドの指揮したものじゃないですか?私も探したらそれを持っていることがわかりました(^^;
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dognorah at 2006-06-16 03:20
湯葉さん、やっぱり青髭公行かれたんですね。どうぞ今からでもコメントを書いてくださいよ。
マッティラは恐らく何度もフィデリオをやっていると思います。私の持っているDVDもマッティラとヘップナーでMETで上演したものです。
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助六
at 2006-06-16 09:12
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そう、マッティラの裸足はみたことありませんが(サロメで裸は見ました。立派なもの)、リッチャレッリも靴脱いでましたね。J・アンダーソンもルチアの「狂乱の場」では裸足でした。これは演出のせいかもしれませんが、裏方ストで衣装つき演奏会形式になった時も裸足でしたね。
マッティラは農家の娘のX人姉妹とかで、気さくな感じの歌い手さんですね。 私が彼女を初めて聴いたのは80年代後半で、演奏会形式の「魔弾」のアガーテとリサイタルでした。既に一部で注目されていて彼女目当てで行ったのですが、アガーテは高音キンキン、独リートも体をなさず、10数年後ここまで成長する人とは全く見抜けませんでした(いつものことですが。フレミングでもそうだった。バルトリとネトレプコは最初から違ってたけど)。彼女の場合、フレミング・バルトリ・ゲオルギュー・ネトレプコとは違って、現在に至るまでまでメジャー・レーベルの後押し・マーケティングは全く受けずに、いつの間にか名声が出来上がったのが立派ですね。
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助六
at 2006-06-16 09:13
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パリではよく歌ってくれるので、エルザ・ジークリンデ・デズデモナ・「ドン・カルロス」のエリザベート・「スペードの女王」のリーザとか聴きましたが、彼女の良さに気付いたのは97年の「メリー・ウィドゥ」あたりから(演出家のラヴェッリがこの180cmの北欧ブロンドにぞっこんとかいう話で、それは演出からも感じられました)。本当に感心したのは03年の「イェヌーファ」と「サロメ」、05年の「アラベラ」です。言葉の緻密な表現性というより、美しい声をドラマの勘所で的確に響かせていくタイプの歌い手さんと思います。リサイタルはその後行ってませんので、次回逃さないようにしようと思います。
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守屋
at 2006-06-16 19:32
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http://www.telegraph.co.uk/arts/main.jhtml?xml=/arts/2006/06/11/svkarita11.xml
11日のサンデー・テレグラフ紙の付録雑誌に掲載されていたインタヴューです。面白いですよ。
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dognorah at 2006-06-16 20:58
助六さんはずいぶん若い頃の彼女を聴いていらっしゃるんですね。それにしても彼女のサロメをご覧になったとは羨ましい!下の守屋さんのご紹介くださった記事によるともう2度と出演しないようです。
何を歌うかは慎重に選ぶ人で出演頻度が少ないのにずいぶん見られているんですね。パリに比べてロンドンでの頻度が少ないのは残念です。 >美しい声をドラマの勘所で的確に響かせていくタイプ・・・ 全くその通りですね。的確な表現に感心します。
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dognorah at 2006-06-16 21:08
守屋さん、面白い記事を教えていただいてありがとうございます。この記事の中で「フィンランドの歌は年をとれば取るほど歌いたくなる。子供のときから歌っていたものなので私を形成しているパーツの一部です」みたいなコメントがあり、リサイタルでの彼女の気の入れ方がよくわかりました。
今年は初めてトスカを歌うようですね。フィンランドで歌ってからMETにもって行くようで、ロンドンはゲオルギューなので彼女のトスカは当分ないでしょう、残念ながら。
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