エフゲニー・オネーギン(2回目)

3月24日にまたロイヤルオペラに行きました。今回はピット横の席なので指揮者がよく見える代わりに舞台は右側3分の1は見えません。

歌手は総じて前回より調子がよかった上に、今夜の観客が声を出す人が多くてさらに歌手を乗らせて盛り上がった公演となりました。

まず、タチアナを歌ったルークロフトが高音もちゃんと美しく出たのが第1のポイント。ホロストフスキーとスルグラゼは前回とほぼ同じ。ヴィヤソンは前半は前回とあまり変わらず、間近で聴いているにも拘らずあまり声が出ているとはいえない状態でしたが、後半は盛り上がり、決闘を申し込んでパーティをめちゃめちゃにする場面では、あのザルツブルグのアルフレードの映像を思わせる絶叫に近い歌唱でやんやの喝采。それに乗せられて次の決闘直前のアリアは声も感情表現もすばらしくまたもや拍手喝さい。
グレミン王子のハーフヴァーソンはすぐそばで聴いたわけですが声の印象は前回とあまり変わらず、おまけに少し音程がふらつくところがあって、今回の公演ではやや失望というところです。しかしこの人にも盛大に喝采が贈られたので本人は気をよくしていましたが。

今夜のオーケストラは開幕直後が調子悪く、アンサンブルが荒いのにあきれましたが、だんだん持ち直し中盤からは問題なくなりました。指揮者のジョーダンは実に細かく歌手に指示を与えていることがわかりましたが、時にはちょっと歌手のやりたいことと噛み合わず、ヴィヤソンなどそれで調子がそがれるというようなところがあった気がします。
ところが、前回やや退屈だったタチアナの寝室シーンでは、彼の大きなアクションの指揮振りを見ながら美しい音楽とルークロフトの歌を聴いているととても納得という感じで全く退屈などしなくて、これはこの席のお陰でした。

今日はもう一つ、大根という誉れの高いホロストフスキーの演技をじっくり見てやろうと思っていました。舞台に登場した直後から中盤にかけての演技はやはり大根以外の何者でもない。もう少し表情や仕草に変化を付けられないのかと思います。この点はルークロフトのほうも一工夫必要で、初対面のときの恥じらいと硬い空気を表現する舞台が退屈になった責任の半分は彼女にもありそうです。彼女は大体において表情の変化に乏しい。その点はオルガ役のスルグラゼはとてもすばらしいのですが。
ところが第3幕第2場で魅力的な大人の女になったタチアナにオネーギンが愛を迫るところ、ホロストフスキーは表情といい仕草といい迫真の演技でした。ここは監督がちゃんと指導したのでしょうか。やれば出来るじゃん!この場面では声もよく出ているのでほんとに迫力ある舞台となりました。

ということで水曜日の公演とは違ってカーテンコールも非常に盛り上がり、私の席からはカーテンの隙間の向こうでブラボーをたくさん貰ってはしゃいでいるヴィヤソンの姿も見えました。ところで、おとといの公演では別に初日でもないのにルークロフトに花束が贈られましたが、今日は無しです。あの花束はファンからあらかじめ届けられたもので、そうでなければ無いものなのでしょうか。
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写真は歓声に応えるヴィヤソンと、その後ろは左からグリードウ、ハワード、スルグラゼです。グリードウが、俺も早くああいう立場になりたいなぁ、といううらやましそうな目つきをしています。

ところで、今回はあらすじを書くのをサボりましたが、これはロンドンの椿姫さんが面白おかしく書いていらっしゃいますのでそちらを参考にしてください。
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by dognorah | 2006-03-26 00:27 | オペラ
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