マシュー・ボーン(Matthew Bourne)の「白鳥の湖」で一躍世界的に有名になったバレーダンサー、アダム・クーパー(Adam Cooper)はその後マイナーなプロダクションで踊ったり、振り付けをやったりといろいろやっているもののあまりぱっとしない。以前、ストラヴィンスキーの「兵士の物語」という台詞入りのバレーに出演したときの模様を記事にしたが、それほど好評とも言えない地味な出来であった。その後、今年の2月に日本で初演した「危険な関係」という自分でプロデュースした作品をイギリス中で公演したものの評判は冴えない。
その彼が、ケント州のセヴンオークス(Sevenoaks)というさほど大きくもない町の劇場で標記の題名の演劇を奥さんであるSarah Wildorと共に上演しているのを見に行った。ロンドンから一般道路をゆっくり南下して1時間足らずの距離である。私のパートナーが彼の大ファンであるので引っ張られた行ったようなもの。まあ、ロイヤルバレーの最高地位であるPrincipal Dancerを勤めていた二人のダンスを見るのも悪くなかろうと思ったわけだ。 しかし、ダンスといっても社交ダンスをほんの少し踊るシーンがあるだけで、大部分は二人(出演者はこの二人だけ)の会話、それも日常生活における夫婦の噛み合わないもので、退屈極まりない。左の写真は演じるアダム・クーパーとセーラ・ワイルダー。クーパーは眼鏡と付け髭で扮装しているのでちょっとイメージが違うが。 元一流ダンサーといえどもダンスだけでは食っていけなくなった二人は演劇の方向に変身中ということか。芝居そのものは非常にうまいというわけではないがそこそこのレベルではある。今回の台詞は原作通りオーストラリア英語であるが、一応それらしく明瞭な発音であった。しかし、ダンスを期待していった私にはrubbishである。私のパートナーは、目と鼻の先でパフォーマンスをするアダム・クーパーに感激していたが。何しろ劇場といっても、昔のダンスホールを模様替えしたもので、平坦なフロアの周りに2重に椅子を並べ、真ん中の空間(5m x 10mぐらい)で彼らが演技するので、下手をすると観客とぶつかる可能性もある身近さなのだ。観客数は80名程度で満席。 彼らはこれからのパフォーマンスの方向を模索しているのであろうが、才能ある二人のダンサーの先行きが心配である。さすがにダンスシーンはうまかったが。 あらすじ 場所は70年代のとあるオーストラリアの町で長年経営してきたものの、落ちぶれたダンスホールを経営している夫婦の家。世の中の価値観が急速に変化しているのについていけないのが落ちぶれた原因と思った二人はそれぞれ買って二字分はこう変わるべきだと思って意識を変化させるが、それが夫婦の間に亀裂を生み、日常生活での精神的軋轢がストレスとなって口論が絶えない。このあたりは舞台に登場した直後の二人のスムーズなダンスが途中でちぐはぐになることでも表現される。しかし、いろいろ口論をしている家庭で自分たちは変わる必要はなく、昔通り振舞えばいいんだということに思い当り、仲直りして最後に華やかな衣装に着替えてパサドーブレはじめいくつかの華麗なダンスを披露して終わる、というコメディタッチの物語。 原作:“Wallflowering”by Peta Murray 監督:Julian Woolford 振り付け:Adam Cooper & Sarah Wildor プロデューサー:Helen Winning 照明:Mark Gilchrist なお、このプロダクションはArts Council of Englandという宝くじの収益金を芸術活動に分配する団体から10万ポンド近くの補助を受けて可能になったということである。 15回程度公演されるスケジュールで最終日のマチネーに行ったのだが、ほぼ満席であった。こういうローカルな劇場というのに、日本からわざわざ見に来た人が少なくとも3名はいた。さすがにアダム・クーパー。その中の一人、中年の男声に話を伺ったら、この公演以外に昨日の夜も見たし、この後の夜の公演も見るという。話していて、この人をリンバリー劇場の「兵士の物語」のときも見かけたことを思い出した。クーパーの公演があると聞くと世界中どこでも行くという。私が、「今日の公演は退屈ですねー」なんてナイーブなコメントを出したら嗜められてしまった。「私は彼が出ていさえすれば内容なんてどうでもいいのです!」と。
by dognorah
| 2005-10-24 19:13
| 観劇
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Comments(10)
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stmargarets
at 2005-10-24 20:39
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そうでしたか・・・。
彼の場合ダンスだけで食っていけなくなったというより、自分が好きでミュージカルとか演劇の方へシフトしている感じがします。 にしてもイマイチのプロダクションばかり立て続けで私も1ファンとして、ちょっと心配です。「彼が出ていさえすれば内容なんてどうでもいい」とはとても言えません・・・。 それにしても、彼の日本での人気はすごいんですね。
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dognorah at 2005-10-25 01:44
>自分が好きで・・・
確かにそういう面はあるようですね。でも、ダンス並みにそれで知名度を上げるのはなかなか大変だろうと思います。 今度韓国で何かの公演をするらしく、例の熱烈ファンの方は「近くでうれしい!」と言っていましたからまたどっと日本人が詰め掛けるでしょう。
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Lyrical J
at 2005-10-25 23:10
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私もこちらで個人や団体で最優秀ダンサーに輝いているダンサー兼振付師の作品を観に行ったとき、踊りよりもしゃべりが多くて不満でした!!一人芝居風で彼の人生を語ったものでしたが、やはり、踊りで圧倒されたかったです。それにしても、アダム・クーパーの人気の温度差、すごいのですね。マシュー・ボーンの作品は、一度は本物を観てみたいです。話の構成の仕方が目から鱗で、賢い人ですよね。
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dognorah at 2005-10-25 23:36
そう、ダンサーたるものは台詞の代わりにダンスで内容を表現すべきですよね!
マシュー・ボーンもアダム・クーパーのことが気になるらしく、先日家内がサドラーズ・ウエルズにアダム・クーパーが創った「危険な関係」を見に行ったらボーイ・フレンドと一緒に隣に座っていたそうです。 今までの作品を見る限り、なかなか創作力のある人ですよね。
3年前くらいでしょうか、アダム・クーパーが珍しくROHに出てくれて、「オネーギン」を踊ってくれたのですが、私は最前列でみてシビレました!相手役の女性が誰だったか覚えてない程、彼の印象が強くて、うっとりでした。
テレビであの白鳥の湖しか見たことなかったので、果たして本当にちゃんと踊れる人かどうか不安でしたが、全てのポーズがぴしっと決まってとても素敵でした。一番感心したのはお芝居。今までみたバレエの中で一番演技が上手で、すっかりオネーギンになりきってました。
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dognorah at 2005-10-27 09:54
なるほど、演技力があるということは演劇にも興味があり、それで今の路線に向かっている、というのは説得力がありますね。それにしてもあのダンスがだんだん見られなくなるというのはもったいない気がします。
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Lyrical J
at 2005-10-29 19:06
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気になったので、ロイヤル育ちでパリのオペラ座にもいた知人に、Aクーパーの評価、きいてみました。ロイヤルでは入れ違いだったので一緒に仕事はしてないようですが、彼曰く、クーパーはexperiment中なんじゃないか、と。本場イギリスでクーパー評価が冴えないのも、ロイヤルを去る者に対する特有の冷たさ、"British Thing"と溜息ついておりました。日本のクーパー人気に対しても、日本のファンこそ、彼の才能・技術を正しく評価しているんだよ、と。知人も日本公演では、日本のファンに感激したようです。彼も長いものに巻かれるよりは、日本の頑固職人さんのようにコツコツ、コツコツ、小手先の派手さとは縁遠いものがあるからかもしれません。う~む、でもなぜ、しゃべり路線に走ってしまうのしょう???
引退してからでも十分できるのに。
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dognorah at 2005-10-30 00:07
experiment中というのは確かにそうだと思います。芝居とダンスの融合を目指しているのでしょか。遠い日本にでも真のファンがいるというのはうれしいことでしょうね。
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stmargarets
at 2005-10-30 06:42
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話題がまだ続いているようなので、私も便乗します^^。
この公演某演劇系の雑誌では中々の好評価でした。(この雑誌の劇評は私はあまり好きではないのですが) 何を隠そう私もあの「白鳥の湖」以来の大ファンで、その後は彼の作品は見られるものは全部行っていました。が、ここ数回観たものがあんまりだったもので、ついに「危険な関係」には行く気がなくなってしまいました・・・。(彼の振り付け自体は今でも好きですが)数年前にロイヤルでみたMixed Billでヤノウスキーと踊ってた作品とかすごく良かったのに・・・。皆さんおっしゃるように、何故踊りでの表現力を発揮せずに、あまり上手くもない歌やお芝居に行ってしまうのでしょうね・・・。個人的には残念です。あ、そういえば奥さんの方はロイヤルを出た後West Endのミュージカルに出てオリビエ賞にノミネートされるほどの好評価だったので、その影響もあるのかな?何だか長くなっちゃってゴメンナサイ。
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dognorah at 2005-10-30 07:42
奥さんのほうがうまくいったというのは影響大でしょうね。彼のほうが「よし、俺も!」と思ったか、奥さんのほうが「あんたもやったら?」と引っ張ったかは別にして。ところで「蝶々夫人」の日程はまだ決まりませんか?
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ロンドンに在住です。オペラ、バレー、コンサート、美術展などで体験した感動の記憶を記事にし、同好の方と意見を交わしたいと思っています。最新の記事はもちろん、過去の記事でもコメントは大歓迎です。メールはここにお願いします。
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